当研究所について
日本に生息する冬虫夏草属は500種類以上。N.M.I.自然薬食微生物研究所は、冬虫夏草属の人工培養による実用化に世界で初めて成功し、現在まで250種類以上の培養を可能にしてきました。自然であること、そして安全性と高品質を第一に健康寿命延伸に寄与するため研究を続けています。
歩み
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1967年 冬虫夏草の研究を開始する
1967年、親族を白血病で亡くした時、その悔しさが矢萩禮美子の研究の原点となりました。その女性は33歳の若さで同い年でした。幼い娘もおりました。血を分けてやることしか出来ない自分の無力さを知ったといいます。
一方、病院薬剤師として働く矢萩信夫を介して、がん患者さんが化学合成薬(抗がん剤など)の副作用で苦しんでいる実状を知り、疑問を持つようになっていました。『がん患者さんにとって西洋治療は、かえって治す力を封じ込めてしまっているのではないか』 『人間が本来持ちあわせている治す力を引き出して穏やかに効くものはないか。自然界には必ずあるはず』と、夫、信夫と共に探し始めました。
また、人類は、病気と形状の似ているものを薬に使ってきたという歴史があります。胃がんの民間薬として日本で使われてきたサルノコシカケなどは、まるで木の幹にできたしこりのようです。冬虫夏草もそう見えないこともありません。
ただ、サルノコシカケは植物に寄生するのに対して、冬虫夏草は活発に動きまわる生きものに寄生します。後者の方がより人間に近く、働きも強いのではないかと直感したのです。
日本でも数百種類(現在は500種類以上が確認されています)が生息することを知りました。すぐに冬虫夏草の大家である清水大典先生に師事し山中を駆けまわりました。しかし、日本でも、空から落とした一本の縫い針を大きな山から探し出すようなもので、希少さに変わりはありませんでした。これでは、動物実験の試料にするなど夢のまた夢でした。1990年代 山中で冬虫夏草の調査をする矢萩信夫と矢萩禮美子 2019年 同様に山中で冬虫夏草を調査する
戸田真一と矢萩真奈美2000年 甑岳(こしきだけ)の原生林で冬虫夏草調査をする、左から矢萩真奈美・矢萩信夫・矢萩禮美子・戸田真一 -
何度失敗しても決して諦めない
1976年 世界初・人工培養による量産化成功それでも目的達成のため、矢萩夫妻は決して諦めることはありませんでした。失敗の連続でしたが、試行錯誤の末、世界で初めて人工培養による量産化に成功しました。1976年のことです。
人工培養に取り組む矢萩信夫博士 -
動物実験後、友人のがんが自然消失
研究の噂を耳にした女性が『実験中の冬虫夏草を夫に飲ませていただけませんか』とやってきました。
『夫には真実を話してませんが、肝臓や腸にも転移している末期の胃がんです。余命数か月だそうです。手術で開腹してみると手の施しようがなく、そのまま閉じるところを立ち会った看護師である姪の願いで、胃だけを摘出しました。抗がん剤治療も放射線治療も受けていません』
当時は、患者さんにがんの告知をすることはほとんどありませんでした。がんイコール不治の病という時代でしたから、気落ちさせないように配慮し、家族だけが真実を知っているというケースばかりでした。
その方は、富樫美春さん当時58歳。友人でした。太平洋戦争では、アジア各地の激戦地を巡って復員された方です。美春さんのように戦地で生と死のはざまをくぐり抜けてきた人にさえ病名を隠し通さなくてはならないほど、がんのイメージは特別だったのです。
美春さんはすぐに退院することになり、奥さんにすすめられるまま、毎日飲み続けました。そして3か月後、病院で検査してみるとがんの病巣が消失していたのです。そのような奇跡がいくつか続き、その噂を聞いた家族が少しずつ訪ねてくるようになりました。富樫美春さんのお話はこちらです。銃剣道を地元少年たちに教えた美春さん。
富樫邸の居間に現在も大切に飾られている襖半分ほどの大きなモノクロ写真は、矢萩真奈美の祖父である矢萩巌の作品です。 -
1980年 「冬虫夏草の会」を立ち上げる
矢萩夫妻は、清水先生、鈴木安夫氏、武田桂三氏、渡部正一氏と共に冬虫夏草の会を立ち上げています。6人で始めた会でしたが、現在は200名を超えるまでになっています。
創刊号 2021年号 -
1993年 冬虫夏草が話題になる
中国・馬軍団の陸上競技での驚異的な記録がニュースとなって世界中を駆け巡る。選手たちが冬虫夏草を摂取していたことから国内でも冬虫夏草が注目され、当方の研究がテレビ・週刊誌などのマスメディアに数多く取り上げられるようになる。アスリートの体験談はこちらです。
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がん予防・克服の啓発運動
矢萩禮美子と矢萩真奈美が、がんを克服した方のもとへ、国内外を取材して巡る。朝日ウィル(北燈社)で紹介。啓発運動となっていく。連載は100を超える。
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1995年6月 「日本冬虫夏草の臨床調査」を発表
末期がんの方17名を含む22名について臨床調査し、伊丹仁郎医師が日本東洋医学会学術総会で発表。
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1995年9月 「日本冬虫夏草の臨床調査」をアメリカNIHにて発表
アメリカ・ワシントン市のNIH内に発足したAOMに日本使節団として公式訪問し、矢萩禮美子と矢萩真奈美が発表。発表内容についてはこちらです。
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1996年7月〜8月 北アメリカ大陸縦断 冬虫夏草生息調査
ウイスコンシン州から南下、グレート・スモーキー・マウンテンを通り、アトランタまで調査。
デイビットジエニングス(義理の甥)と矢萩信夫 NMI REPORT2より -
1997年 アステラス製薬の「感染症」に連載
アステラス製薬発刊の「感染症」の表紙の冬虫夏草の写真と解説を矢萩信夫が担当。(連載は2017年までの20年間に及んだ)
感染症 -
2000年8月 シベリア大陸 冬虫夏草及びカバノアナタケ(チャガ)生息調査
バイカル湖周辺を巡る。
矢萩信夫(前列右)、戸田真一(後列中央)、アレクセイペテロフ教授(前列左:ロシアアカデミーOFサイエンスシベリア支部) キャンプ飯 右写真の後列中央がバトフー氏 -
2005年 日本冬虫夏草のスクリーニングに着手 日本冬虫夏草の個性を見極める
人工培養が成功している250種類の日本冬虫夏草に対してスクリーニング(ふるい分け・選別)をかける。日本冬虫夏草のどの種類がどのがん細胞の種類に対してアポドーシスを起こさせ死滅させるか、正常細胞には影響を及ぼさないものの中からランキング付をする。また同様にモンゴル国立大学のバトフー教授のもとで抗菌・抗変異原・抗酸化・抗肥満・抗認知症・抗糖尿病に対してスクリーニングをかけ、ランキングを付ける。研究・論文をご参照ください。
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2007年5月 中国大陸チベット高原 冬虫夏草生息調査
詳細はこちらです。
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2010年5月 「東北大学植物園における冬虫夏草属ツクツクボウシタケの発生状況」と「東北大学植物園の冬虫夏草属類フロラ」の論文発表
鈴木三男教授が淡路島夢舞台国際会議場にて発表。論文は翌年3月、日本植物園協会誌に掲載される。詳細はこちらです。
ポスター発表 夢舞台10年5月20日 -
2020年7月 八重山諸島 冬虫夏草生息調査
コロナ禍で海外渡航は不可能に。第一波の感染者数が激減した合間に調査に入った。
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ゲノム・DNA解析の時代へ
2021年12月 ミヤマクワガタに寄生した冬虫夏草のDNA解析ボーベリアブロンニアーティ(Beauveria brongniartii)とのDNA解析結果が出る。
ミヤマクワガタに寄生した冬虫夏草 東北大学植物園展示室でご覧いただけます。詳細はこちらです。
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2022年3月 日本冬虫夏草(ヤハギ株)に対してマイクロアレイ遺伝子発現解析実験
不老長寿の妙薬として古代から知られてきた冬虫夏草。嘉陽毅医師(ジェネスティア株式会社)のもとで遺伝子レベルで抗老化・その他を解明中。奇跡の長寿のおはなしはこちらです。
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2022年6月 日本冬虫夏草(ヤハギ株)の眠っているDNAから有用物を探る
貴重な生物資源の遺伝子情報を利用した有用分子を探査研究されている第一人者、東北大学大学院薬学研究科浅井禎吾教授の研究室に日本冬虫夏草(ヤハギ株)を提供。
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2025年 日本冬虫夏草(ヤハギ株)に対してマイクロアレイ遺伝子発現解析実験が終了
嘉陽医師(ジェネスティア株式会社)のもとで日本冬虫夏草(ヤハギ株)に、エネルギー代謝・タンパク合成や運搬・免疫応答・がん抑制などに関わる遺伝子の発現を確認できました。詳細はこちらです。
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2025年 日本冬虫夏草(ヤハギ株)の眠っているDNAから有用物を発見
浅井禎吾教授(東北大学大学院薬学研究科)のもとで機能未知ドメインを有するポリケチド合成酵素を日本冬虫夏草(ヤハギ株)のゲノム上に発見しました。その機能を解析しています。