がんと無縁でいるために

森林療法に科学の光

 札幌に初雪が舞った11月初め、野幌森林公園の遊歩道を約20人の男女が落ち葉を踏みしめて歩いていた。江別市の江別すずらん病院に通院する患者のグループだ。樹齢200年を超す巨木を見上げ、野鳥の声に耳を澄ます。樹木の清冽(せいれつ)な香りが漂い、時折森の奥から吹く風が木々を揺らす。

 同病院には、このグループが月2回森の中をウオーキングするほか、中高生の思春期グループが3~4カ月に1度、森歩きや釣りなどの野外活動をするプログラムがある。思春期グループの多くは対人コミュニケーションが苦手で、学校などの集団生活になじめない。

 精神科の滝沢紫織医師は「人を避け、ゲームやスマートフォンに没頭している彼らだが、森林などの自然環境に入ると、コミュニケーションが豊かになり、役割意識も出てくる。視覚ばかり酷使する状態から五感の刺激を楽しむことができるようになる」と話す。

心身癒す効果解明

 森を歩くと元気になるメカニズムは近年、医学的に解明されてきた。

 ドイツなどでは100年以上前から心身を癒す森の力を健康増進やリハビリ、カウンセリングに役立ててきた歴史がある。日本でも2004年に産官学による「森林セラピー研究会」が発足した。06年からは「癒し効果が高い」とされる森を「森林セラピー基地・ロード」に認定する事業が始まった。

 基地・ロードは現在全国に65か所。その一つで「森林発祥の地」でもある長野県上松町の赤沢自然休養林では年に20~30回実験が行われ、森を歩くとストレスホルモンが減って血圧が低下することなどが判明した。「成果は海外にも発信しているので、一昨年は360人もの外国人が訪れた」と久米田茂喜・県立木曽病院名誉院長は語る。

 INFOM(国際自然・森林医学会)認定医で東京医療センター(東京・目黒)医師の落合博子さんによると、森林療法はNK(ナチュラルキラー)細胞を活性化させて免疫機能を高め、がんの予防効果があることも分かっている。「高まった免疫力は約1カ月続くので月1度のペースで森林浴をすれば効果を維持できる」と言う。

 東北医科薬科大学(仙台市)総合診療科の住友和弘准教授のグループは、医学と薬学の専門家が連携して樹木が発する物質、α ピネンなどフィトンチッドの成分を分析。木の種類ごとにどんな疾患に効くのかを示す「森林浴効能表」をつくる作業に取り組んでいる。

 「完成すれば、『〇月の〇〇の森を歩くと効果がある』と森林浴を具体的に『処方』できるようになる。科学的裏付けをもって患者に勧められる意義は大きい」を住友准教授。世界的にもまれな試みで、森林浴を安価で手軽な健康法として定着させる切り札になるかもしれない。

2020年12月7日 日本経済新聞より

森林浴を取り入れている方の話はこちら(田辺裕一さんの場合)

N.M.I.
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