がんと無縁でいるために

がんの「親玉」たたく新薬 - 慶応義塾大学が臨床で作用確認

 慶応義塾大学の佐谷秀行教授と永野修講師らは、がんを生む親玉とされる「がん幹細胞」をたたく新薬候補の作用を胃がん患者の臨床研究で確かめた。大腸炎の治療に使う薬の成分をがんにも応用したところ、数人の患者でがん幹細胞が減ったという。抗がん剤や放射線が効かず、再発や転移の元凶といわれてきたが、攻略の糸口をようやくつかんだ。数年内にもがんの根治につながる薬の実用化を目指す。

 乳がんや膵臓(すいぞう)がん、舌がんなどでも効く可能性があるという。別の病気で既に使っている薬の成分であり、人体への安全性を確かめやすいのも利点だ。詳細な内容を3日から開く日本癌(がん)学会で発表する。

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 がんは、抗がん剤や放射線を使っても、なかなか無くならない。がん組織の中で、がん細胞を生み出すもととなるがん幹細胞が耐え忍び、再発や転移を引き起こすためと考えられている。最近、がん幹細胞の弱点が少しずつ分かり、がんをもとから絶つ治療研究に注目が集まっている。

 慶応大などは胃がん患者約10人を対象に、がん幹細胞に効く薬の臨床研究を4月に始めた。国立がん研究センター東病院など4施設で、安全に飲める薬の量を調べる。投薬を終えた数人の患者の胃の組織では、がん幹細胞が減っていたという。

 研究に使うのは「スルファサラジン」という成分。研究チームは、この薬ががん幹細胞の表面たんぱく質「CD44v」にくっつき、がん幹細胞の防御能力を弱めて死に導くことを培養細胞や動物を使った実験で解明した。がん幹細胞は細胞内で抗酸化物質を大量に作り、様々な攻撃に抵抗する。スルファサラジンは抗酸化物質の原料を取り込む働きを邪魔するという。データが月内に出そろい次第、従来の抗がん剤と組み合わせる治療研究に移る考えだ。

 近畿大学の清水俊雄講師らは、アスベスト(石綿)で発症する中皮腫などのがん幹細胞の増殖を防ぐ薬の治験を、9月から同大学医学部付属病院で始めた。米企業が開発中の薬で、すでに3人の患者に投与したが副作用は出ていないという。

 半年で投与量を増やしながら、10~20人の患者で安全性を調べる。その後治療効果を確かめて、最短3年での実用化を目指す。欧米などで2~3年前から治験が進む。日本人でも同等の結果が得られるかが焦点だ。

 がん研究会の清宮啓之部長は米オハイオ州立大などと共同で、手術が難しい脳腫瘍のがん幹細胞に効く化学物質を発見した。DNAに作用して、がん幹細胞の分裂を抑える。がん幹細胞を脳に植えたマウスに注射すると、病気の進行を抑制した。3年以内に創薬を目指した動物実験に入る。

がん幹細胞

 がん細胞を生み出すもとと考えられている細胞。自ら分裂し、がん細胞に変化する。抗がん剤に強く、がん細胞が死ぬような条件でも生き残る。1997年に白血病で見つかって以来、胃がんや大腸がんなど様々ながんで同じような特殊ながん細胞が確認されている。

 がん幹細胞は生まれつきの遺伝子異常のほか、炎症などによって正常な細胞から変化するとされるが、いかに生まれるのかはよく分かっていない。手術や抗がん剤で除けなかったがん幹細胞が再発を引きおこすという考えが有力だ。血液やリンパ液に漏れ出したがん幹細胞が他の臓器に運ばれて、そこで新たながん細胞を作り出すのが転移とみられている。

2013年10月1日 日本経済新聞より

N.M.I.
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