がんと無縁でいるために

MRIで初期がん検出

 京都大学や大阪大学の3研究チームがそれぞれ、主に脳梗塞や認知症の診断に使う磁気共鳴画像装置(MRI)で1cm以下の初期がんを見つける技術を開発した。解像度を左右する造影剤をを改良した。がん検査の精度が高価な陽電子放射断層撮影装置(PET)並みになる一方で、検査費用を10分の1程度に抑えられ、被曝(ひばく)の心配もない。動物実験などを重ね、早期の実用化を目指す。

検査費用は10分の1

 いずれも造影剤の分子の大きさや形を工夫し、がんに張り巡らせた血管の内皮細胞をすり抜けてがんに集まるようにした。MRIの磁気や電波を受けて細胞が出す電波を増幅し、がんを明るく写し出す。

 京大の近藤輝幸教授らの造影剤は水素と炭素からなる。がん以外の組織が出す余計な電波を100分の1に抑えた。体の表面近くにがんができたマウスに注射、数ミリサイズのがんが写った。同じ京大の中条善樹教授らは酸化ケイ素を使い、従来の4分の1以下の数ミリの大きさのがんを写す造影剤を開発した。マウスやウサギで実験して効果を確かめる。

 阪大の菊地和也教授らは、体内にほとんど存在しないフッ素を造影剤に使った。マウスに注射して有用性を確かめた。がん細胞が出す酵素に反応して写るように改良し、解像度の引き上げを狙う。1センチ以下の初期段階のがんを見つける装置としては、PETが知られる。ただ、PETの価格は1台約8億円で、1回の検査費も9万~15万円と高い。都市部の大病院を中心に全国に約400台しかなく、地方などに暮らす人は利用しづらい。

 MRIは1台7,000万~4億円程度。中小病院も含め6,000台以上普及している。京大や阪大が開発中の造影剤によって既存のMRIでがんの早期発見が可能になれば、10分の1の費用で検査が受けられる見通し。

種類 長所 短所
MRI 主に脳梗塞や認知症の診断に使う。放射線を使わず被曝しない。 がんの場合、造影剤を使っても大きさ1センチ以下は見つけられない。
PET 大きさ数ミリのがんを見つけられる。 検査費が高く、病院の保有台数が少ない。胸部エックス線の40倍の被曝量。
CT 検査費が安く、大きさ数ミリのがん発見も可能。 胸部と腹部を検査すれば、胸部エックス線の400倍の被曝量になることも。

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磁気共鳴画像装置(MRI)

エックス線を使わずに、強い磁石による磁場と電波で体内の画像を撮影する。解像度を高めるには、検査時に投与する造影剤を改良し、電波を増幅する。エックス線で体の断面像を撮影するコンピューター断層撮影装置(CT)や、放射性フッ素を注射して撮影する陽電子放射断層撮影装置(PET)とは原理が異なり、被曝する心配がない。

検査で被曝 抑制に期待

 日本では、陽電子放射断層撮影装置(PET)やコンピュータ断層撮影装置(CT)など放射線を使う画像診断装置の普及が進んでいる。CTの台数は1万数千台で、人口当たりの普及台数は世界一(2009年時点)。磁気共鳴画像装置(MRI)より台数が少ないPETも海外に比べると多い。がんの早期発見で威力を発揮する半面、検査の回数が増えると被曝の影響を心配しなければならない。

 04年、英オックスフォード大学は日本でがんにかかる人の3.2%が放射線診断による被曝が原因との論文を発表した。米英など15カ国の中で最も高い数値だった。通常のエックス線検査より放射線量が多いCT検査の普及が進んでいることが影響したと分析した。近年、がんの生存率は上昇傾向にある。画期的な治療法が見つかったというよりも、画像診断の進歩で早期発見が可能になり、治療成績が上がっているからだ。

 今後も早期発見が、がん治療のカギを握る。京大や阪大の造影剤が実用化してMRIで初期がんを発見できるようになれば、患者だけでなく、医師や技師への被曝の影響を抑える利点も大きい。

2013年7月9日 日本経済新聞より

N.M.I.
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