研究・論文

1979年 日本菌学会会報 『山形県真室川町で採集された冬虫夏草』を発表

緒言

 山形県真室川町にある広葉樹林地帯の沢、谷、川などの周辺に生育する冬虫夏草の分布は部分的に調べられたことはあったが、地域を定め1シーズンを通 して観察されたことはない。筆者は1978年6月から12月にかけて、真室川町釜淵を中心とした約30km周囲内で、同じ場所を数回たずね冬虫夏草の採集を行うとともに、特に発生良好地の環境条件について若干の調査を行った。

1.調査地の概況(図1)  調査地は山形県の北端にあたり、西に鳥海山(標高2,230m)系、東に奥羽山脈、南には月山(標高1,980m)と葉山連峰、北には山形県と秋田県にまたがる標高1,000m前後の山々にとり囲まれている。農林水産省林業試験場東北支場釜淵試験地(以下釜淵試験地という)における1978年の記録によれば、8月には最高気温36℃の日があった。25℃以上の日は81日、30℃以上になった日は31日あり、1日のうち最高気温になるのは午後1時から3時までの間で、持続時間は2−3時間であった。

 この年の6月は前年に比べ降雨日数が6日も多く、冬虫夏草の大発生をみたが、7月は6日間少なく、しかも7月13日から8月2日までの22日間連続して晴天が続き、6月中旬に一せいに発生をみたポピュラーな種類もこの晴天続きの間にほとんど消滅してしまい、水分が多い所でわずかに発見されるのみとなった。

 釜淵の平均積雪量は172cm、年平均降水量 は2,500mm、年平均湿度は75−78%、最低湿度月は5月、最高湿度月は7月および8月である。冬虫夏草は標高180−350mぐらいまでのところにある沢、谷、川などの周辺によく生息していた。当地方における採集シーズンのもっとも良い時期は6−9月である。

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2.発生良好沢の環境(表1)

 釜淵試験地には理水試験を行っている?号沢と、?号沢がある。この2つの沢は鶴下田沢の枝沢にあたり、地形がよく似た隣接している小沢で、ともに年中渇水することはないが、冬虫夏草の発生状況について1977、1978の2年間比較してみたところ、樹木が繁茂している?号沢から2年間で101個体発見されたが、上流部2/3が皆伐されている?号沢では1個体も採集されなかった。

 ?号沢は50−70年生の広葉樹が生育していて、風の流通 は本沢との接点部と、沢をとり囲む山の上部を通過するのみで、風向きの頻度が多いのは南、南西、東などである。植生は、トチ、エゾアジサイ、クリ、ホウノキ、ケヤキ、イタヤカエデ、ヤマザクラ、オニグルミ、サワグルミ、マンサク、ミズキ、ハンノキ、クワ、ブナ、ナラ、スギ、アオキ、クロモジ、リョウメンシダ、ヤブコウジ、イワカガミ、ミヤマイラクサ、ワラビ、アカザ、ギボウシ、ミズナ、フキ、チガヤ、ゼンマイ、苔類などであった。  沢の水は岸の1−1.5m下を流れ、沢面にはほとんど陽光があたらない。

 ?号沢における6月から11月までの6ヶ月間の降水量 は1,800−2,500mmで、流出率は平均約63%である。  冬虫夏草の発生適温は気温18−25℃で、その時の?号沢における最高相対湿度は90%以上、水蒸気圧は28.25mb以上を示した。  サナギタケ、カメムシタケ、アワフキムシタケ、ハリタケ類などの地中、腐葉、朽木に埋没した寄主に発生するものは岸辺の草地中にあり、オサムシタケ、オオゼミタケは岸の断面 の柔らかな土中に埋没した寄主に発生していた。

 冬虫夏草が寄生した虫体が埋没している土壌、腐葉、朽木などは、寄主虫体内の菌糸体に対する湿度や温度を一定に保持する役割りを果 していると思われる。虫体内部で菌核状をなしたものは、外部から水分をある程度吸収しない性質をもつと考えられるから、埋没個所がたとえ過湿状態になっても、菌の呼吸が良好であるときは、虫体内の菌糸体は過湿になりにくいものと考えられる。反対に埋没個所が乾燥している場合、菌核状のものでは菌糸体の水分が急速に失われるものと思われる。

 寄主埋没地の土壌などの含水量は、虫体内で菌糸が蔓延し、菌核状態を形成するまでの間、重要な要素であるが、子座形成時、特に地上に子座を抽出して以後は空中湿度が重要な要素となってくるものと思われる。したがって、寄主が埋没している土壌、腐葉、朽木などから寄主虫体内の菌糸体に十分な水分を供給でき、しかも菌の呼吸が阻害されない程度の土壌空間があり、子座形成時に空中湿度が十分高い場所が冬虫夏草の発生に適した環境であると考えられる。

表1.冬虫夏草発生良好沢の概要

位置(鶴下田沢支流1号沢) 北緯38゜56´、東経140゜15´
沢の長さ、巾 290m、1-1.5m
平均勾配(Sg) 35゜30´
海抜 最低部 160m、最高部 245m
土壌構成 広葉腐葉土の下、最上部は灰色凝灰質頁岩
湿度 平均 80.9%、最低 73.1%
平均年流出率 76.79%
年平均降水量 2,500mm
植生状態 広葉樹 50-70年、その他
陽光 沢面にはほとんどあたらない
採集量 1978年全量数77個体

3.冬虫夏草の発生時期(図2)

 この地方の6月はようやく春の終わりを感じられる暖かさであり、1978年の5月、6月中で温度が25℃以上になった日は5月は7日間、6月は16日間であった。他の月に発見されないもので6月に発生したものでは、オオゼミタケがあった。サナギタケは6月に発生したものは子座組織が柔らかく小型(2−4cm)のものばかりで、降雨後に大発生をみた。 寄主が枝葉上に付着しているCordyceps属は5種類で、その発生の時期はハスノミクモタケ、クモノエツキツブタケ、ハエヤドリタケ、スズメガタケが 7−9月、カイガラムシに寄生するものは7−11月であった。

 カイガラムシに寄生するものでは、Cordyceps型と、Torrubiella型の2種類があり、これらのうち被子器が子座に形成される Cordyceps型のものは7月、8月は少なく、9月、10月に完全型が多く発見された。被子器が直接カイガラムシ体表菌じょく上に形成される Torrubiella型は7月、8月に成熟し、9月には消滅した。Podonectria属では、ヨコバエタケとウスキコバエタケが8月に葉上から発見された。被子器が成熟しているもので、種類と発生個体数がもっとも多かったのは7−8月であった。

 湿度の面から以上をまとめると、寄主が土、腐葉、朽木、などに埋没しているものでは7−8月中旬にかけての降雨量 だけでなく、降雨頻度が発生に著しい影響を与えるといえよう。 また、枝葉上に付着した寄主に発生するものは、土壌が乾燥していても植物に充分な水分があれば発見された。

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4.採集された冬虫夏草の種類(表2)

 1978年の調査期間に採集された完全型は364個体、不完全型は151個体であった。これを分類すると、完全型のうちCordyceps型属に同定されるものは24種、採集個体数254でもっとも多く、次がTorrubiella属で10種105個体であった。  Torrubiella属は主にクモに寄生するGibellula属(ギベルラタケ)が66個体で最も多く、そのほかHirusutella属(カイガラムシタケ)18個体、Polycephalomyces属(マユダマタケ)3個体、Hymenostilbe属(スズメガタケ)1個体、および Isariaに属するハナサナギタケ44個体と、ハエヤドリタケ17個体が発見された。

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(日本菌学会会報20:395-400,1979より)

 冬虫夏草は寄主となる虫が多く生息し、しかも菌類の生育に必要な条件が充分に満たされている所に発生するが、寄主が埋没生の場合、その生育に適した沢は水量 、沢巾、気象、植生、照度などにおいて相互に類似している点が多く認められた。例えば、沢地の照度は主として川巾、樹木の種類と樹齢などによって左右される。川巾がせまく、樹木が良く繁茂している場所は照度が弱く、そして湿度が高く、土壌の上面 には腐葉が厚く堆積し、また苔などもよく発達する。このような所では虫の生息も多く、したがって冬虫夏草も豊富であった。  また、わが国のように四季の移りかわりが明瞭なところは、季節的気象条件の推移に伴い、発生種も交代する現象がみられる。枝葉上に付着する冬虫夏草を扱う場合は、寄主となる虫の種類ばかりでなく植物の状態も調査しておく必要がある。

 最後に、指導を賜った米沢市の清水大典氏および釜淵試験地の小野茂夫主任と職員の皆様に深謝致します。

摘要

 真室川町釜淵を中心とした約30km周囲内における冬虫夏草の発生良好地の環境条件について若干の調査を行うとともに、一定の場所を定めて、1978年 6月から12月にかけて調査を試みた。採集した完全型は364個体、不完全型は151個体であった。完全型のうちCordyceps属に分類されるものは 24種、254個体、Torrubiella属は10種105個体、Podonectria属は2種5個体であった。

N.M.I.
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