研究・論文

2005年 ハナサナギタケとツクツクボウシタケのパイエル板構成細胞にたいする選択的なサイトカイン産生の増強効果

2005年(平17) International Immunopharmacology、第5巻、903〜916ページ

【目的】消化管免疫応答は、消化管における局所的な免疫応答のみならず、全身の免疫反応に深く関与していることが明らかとなってきた。先に本研究室では、虫草菌の一種であるハナサナギタケ(Isaria Japonica Yasuda )の培養液には、T細胞依存型の免疫応答を経口投与により増強させ、制癌剤の5-fluorouracil(5-FU)投与による免疫応答の低下を回復させる効果があることを明らかにした。本研究ではハナサナギタケ培養液の凍結乾燥品(IJCF)の消化管免疫応答に及ぼす影響を調べるため、IJCFを経口投与したマウスの小腸からパイエル板を採取し、そのリンパ球ポピュレーションを解析し、サイトカイン産生量を調べた。

【方法】5-FU(150mg/kg)を投与したC57BL/6マウスにILCFを経口投与し、常法にしたがってパイエル板リンパ球を分離して、細胞をT(CD3)、B(CD19)およびT細胞サブセット(CD4及びCD8)のFITC標識抗体で染色した。さらに、パイエル板リンパ球を24ウエルプレートで培養し、細胞をIJCFの存在下にCon-A(5μg/ml)刺激し、経時的に培養液を採取して培養液上清中のIL-2、iL-4、IL-6及びIFN-γの産生量をELISA法で検出した。

【結果・考察】50mg/kg/day(6日間)の用量はIJCFは、5-FUによるパイエル板細胞数の減少を抑制し、T細胞サブセットのCD4細胞の割合を増加させた。また、IJCFはパイエル板細胞のIL-2とIFN-γの産生を増加させた。なお、IJCFはIL-4の産生には影響を及ぼさなかった、したがって、IJCF(ハナサナギタケ培養液凍結乾燥品) には5-FUによって低下したTリンパ球サブセットのうちCD4細胞を回復させ、またTh1による免疫応答を選択的に増強させる作用があることが明らかとなった。

【薬学会で発表したことと本研究成果の相違点と新知見について】
1)実験動物の違い(決定的な違い) 薬学会→制癌剤5-fluorouracil(5-FU)を投与した(免疫応答を実験的に弱めた)マウスからパイエル板を用いて実験した。 本研究→制癌剤を投与しない正常なマウスから得たパイエル板を用いて実験した。

2)試料 薬学会→ハナサナギタケのみ 本研究→ハナサナギタケとツクツクボウシタケの2種類

3)測定したサイトカイン 薬学会→IL-2、IFN-γ、IL-4、IL-6 本研究→IL-2、IFN-γ、IL-4、IL-6、IL-5、IL-10、GM-CSF ※補足:薬学会の研究成果は、制癌剤を投与したマウスのパイエル板での実験であるため、本研究成果をこの結果と一概に比較することはできない。

4)in vitro(パイエル板構成細胞に直接添加する実験)とex vivo(マウスに飲ませてからパイエル板を取り出して実験する) 薬学会→サイトカイン産生量についてはin vitroの結果のみ 本研究→サイトカイン産生量はin vitroex vivoの両者の研究成果がある(ex vivoの効果が認められたことは薬理学的に重要な意味を示す)。

【本研究の概略】
−概要−
ノムシタケ属(Cordyceps)の菌類は、バッカクキン科(Clavicipitaceae)に属し、野外でその大部分が生きた昆虫に寄生して宿主の虫体成分を栄養源として子嚢果を形成する有性世代の昆虫寄生菌である。この菌の特徴として寄生する宿主の昆虫に特異的な子実体(キノコの傘と同じもの)を形成することにある。本属菌の代表例としては「冬虫夏草(Cordyceps sinesis)」があり、このものは成熟した有性世代の子実体を形成する。反対にこの菌の仲間には、完全な子実体を形成できない無性世代の種もあり、これを分生子型といい、ハナサナギタケやツクツクボウシタケがこの範疇に分類される。

先にハナサナギタケを長期間(2年間)培養した際に発生する二次代謝液(凍結乾燥粉末試料)には、これをマウスに経口投与することにより、T細胞(helper T細胞)が主導権を握ってして起こる液性免疫応答(PFC産生)を増加させ得ることを公表した。そこでハナサナギタケについて、消化管免疫応答に影響することが明らかとなってきており、経口ワクチンの開発や食物アレルギーを抑制するのに消化管免疫が重要な役割を示す。

本実験ではハナサナギタケとツクツクボウシタケ(何れも山形県内で採取し培養したもの)の培養二次代謝液の凍結乾燥粉末体を試料として用いた。

−実験−
実験:C57BL/6Lマウスの小腸からパイエル板を摘出し、コラゲナーゼで結合組織を分解してからパイエル板構成リンパ球を採取した。次いでパイエル板細胞を2×106個/mlに調製して培地(RPMI1640培地に5g牛胎児血清入り)懸濁し、24穴プラスチックプレートに蒔いた。これに10〜100μg/mlの濃度になるように調製したハナサナギタケあるいはツクツクボウシタケ培養二次代謝液を添加し、さらに5μg/mlの濃度のT細胞活性化タンパクであるコンカナバリンAを添加あるいは添加しないで96時間培養した。

培養終了後に、培養液上清を回収し、この培養液中にマウスパイエル板構成細胞が産生した生体内免疫調整物質であるサイトカイン量をELISA法で測定した。測定したサイトカインはIL(インターロイキン)-2、IL-4、IL-5、IL- 6、IL-10、GM-CSF及びIFN-γで、IL-2、IFN-γ(インターフェロンガンマ)のサイトカイン産生量が増加すると抗体による免疫反応が誘導される。パイエル板構成細胞が産生するIL-10とGM-CSFはIL-10が免疫抑制反応を誘発し、GM-CSFは造血機能を上昇する働きがある。

−結果と考察と新規性と強調点−
ハナサナギタケあるいはツクツクボウシタケ培養の凍結乾燥粉末体は正常なマウスから得たパイエル板構成細胞に対してIL-2とIFN-γの産生を増加させ、IL-4とIL-5の産生については、IL-5についてハナサナギタケは試験管内の実験において増加させたが、これをマウスに経口投与した場合では影響を与えなかった(IL-5については新知見)。なお、IL-4産生にはまったく影響を及ぼさなかった。興味深いことに、ハナサナギタケとツクツクボウシタケの培養液はIL-6,IL-10及びGM-CSFの産生も増加させる効果があることが新たに判明した。ハナサナギタケとツクツクボウシタケによる、IL-2、IL-6、GM-CSF産生増強効果はT細胞の刺激因子であるコンカナバリンを添加しなくとも、ハナサナギタケあるいはツクツクボウシタケ単独でも効果が認められた。

また、ハナサナギタケをマウスに飲ませた場合、パイエル板構成細胞が産生するIL- 2、IFN-γ、及びIL-4とIL-5に対する作用については、T細胞刺激因子の存在下に上記と同じ効果が得られた。天然物の効果を研究する場合では、試験管内(細胞に直接、試料を振りかけて効果を調べた場合)の実験結果と動物に飲ませて得られた結果は一致しない場合のことが多い。しかるに本結果は、経口摂取によっても十分な免疫調節効果が期待できる(新事実)。

ハナサナギタケ及びツクツクボウシタケ培養二次代謝液は、IL-2と IFN-γの産生を増強するが、IL-4とIL-5の産生には影響を及ぼさないことから、Th2体液性細胞の免疫応答ではなく、Th1のT細胞依存性の免疫応答を選択的(強調すべき新知見)にあげる効果が期待できる。腫瘍免疫ではT細胞依存性の免疫応答が活性化することにより、腫瘍細胞を効率的に排除できる実験結果や臨床報告例(例えばIL-2やLAK療法など)があることから、ハナサナギタケとツクツクボウシタケの二次代謝液にはこのような効果が期待できると共に、IL-2とIFN-γの産生増強作用を介した抗アレルギー効果も期待できる。

さらに、ハナサナギタケはパイエル板構成細胞のT細胞とB細胞の構成比率、及びT細胞の中でもヘルパーT細胞とキラーT細胞の構成比率にはまったく影響しなかったことから、ハナサナギタケはT細胞を質的に変化させて活性化(サイトカイン産生を上げる)するユニークな薬理学的活性の特徴を持つ。

このような薬理効果を持つ天然物には漢方方剤で保険適用医薬品である十全大補湯についてマウスパイエル板を用いた研究成果があり、IL-2(抑制)、IFN-γ(増強)、IL-4(効果なし)、IL-5(増強)に対する効果は知られているが、ハナサナギタケのようにIL-2とIFN-γの産生を選択的に上げる効果や、GM-CSFやIL-6、ならびにIL-10産生及ぼす影響については知られていない。さらに、中国の「冬虫夏草(Cordyceps sinensis)」についてもパイエル板構成細胞をもちいた研究成果があり、GM-CSFとIL-6については、これらの産生を増強する効果が公表されたが、ハナサナギタケのように、IL-2,IFN-γおよびIL-4、 IL-5に対する効果は調べられていない。故に当該研究からハナサナギタケは新たな薬理活性をもつT細胞選択的な免疫調節物質として位置づけることができる。

※以上はマウスを使った実験結果であり、人に対しても全く同じということではありません。より人に近い哺乳類の仲間を使って生理活性を見ています。

N.M.I.
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