子宮筋腫

がんを自然消失された方のお話も含まれています。冬虫夏草や自然療法、代替療法にご興味のある方々です。

高橋美里さん(薬剤師 秋田県在住 仮名)の場合

 「年に一度健康診断を受けており、2009年に子宮筋腫が見つかりました。自覚症状はありませんでした。今から思うとおりものが若干気になってたかな。『子宮内膜が厚くなっているね』と言われました。それでも、手術するまでではなく、経過観察扱いになったのです。

 それから2年が経過し、2011年12月。今度は子宮頚から異常な細胞が見つかりました。異形細胞と呼ぶそうで、HPV(ヒトパピローマウィルス)感染が原因で正常細胞が変化したものだそうです。前がん状態で、それが数年から十数年でがん化していくものらしいです。この段階で処置すれば子宮を温存出来ます。たとえがん化してもごく初期の段階でしたら温存は可能だそうです。IMG_1245_SP0001.jpg

しかし、私の場合は子宮筋腫を抱えています。この際、子宮を摘出してしまえば、一挙に解決するということで摘出をすすめられました。

手術に踏み切れば、入院から復帰まで1か月はかかります。仕事は?家庭は?いろいろな人達に迷惑や負担をかけてしまう。自分のことより、そちらのことで頭がいっぱい。すぐに手術に踏み切るという気持ちにはなれませんでした。


 さて、異形細胞がどのレベルにあるのか、検査法によって呼び名が変わってきます。がんになる何歩手前なのか、はたしてがんにはなっていないのか。アルファベットと難解な日本語で分類されているため、複雑で分かりにくくとまどいました。

検査には①細胞診(検査)②コルポスコープ診(検査)(膣拡大鏡診ともいいます)③組織診(検査)があり、①で注意以上が出ると、②→③と進みます。

①の検査で私は、HSIL(高度扁平上皮内病変)という高いレベルでした。(表①参照)これは(中等度異形性~微小浸潤がんの疑いあり)とされます。③の組織検査に進むと、高度異形性か上皮がんのどちらかであると予想されます。ところが一週間してその検査をすると、CIN1(軽度異形性)とCIN2(中度異形性)レベルの結果がでてきたのです。(表③参照)

少しだけホッとしました。日本冬虫夏草を飲み始めたのは2月からです。

3月になると①細胞診ではLSIL(軽度扁平上皮内病変)で(表①参照)、③組織検査ではCIN1(軽度異形性)のみの結果で明らかにレベルが低くくなっていました。(表③参照)


① 細胞診の分類:ベスダ法(システム)

結果 NILM ASC-US
(アスカス)
ASC-H
(アスカス-ハイ)
LSIL HSIL SCC
日本語の意味 陰性 意義不明な異型扁平上皮細胞 HSILを除外できない異型扁平上皮細胞 軽度扁平上皮内病変 高度扁平上皮内病変 扁平上皮癌
推定される顕微鏡レベルの異常 腫瘍性の異常はない。炎症のある時がある。 軽い扁平上皮内病変の疑い 高度の扁平上皮病変の疑い HPV感染軽度異形成 中等度異形成~微少浸潤癌の疑い 扁平上皮癌
従来のクラス分類 Ⅰ、Ⅱ Ⅱ~Ⅲa Ⅲa~Ⅲb Ⅲa Ⅲa、Ⅲb、Ⅳ、Ⅴ

③ 組織診の分類

子宮頸がん

取り扱い規約分類
正常 異形成 dysplasia 上皮内がん
(CIS)

経度
(DL)

中等度
(DM)
高度
(DH)
CIN分類 正常
CIN(上皮内腫瘍)

 私は、これまでの生活を振り返ることにしました。2009年頃から、娘が中二病となり、神経を使うようになりました。目が離せなくなったのです。受験勉強では常に寄り添いサポートしました。

フルタイムの仕事をしてましたし、夫はさらに忙しい仕事を抱えていましたので家事も一人でこなし、受験勉強もとなると睡眠時間を減らすしかありません。平均睡眠3~4時間ぐらい。4時間眠れば良い方でした。食事にも時間をかけられず、かきこむようにお腹に入れ、常にどこ入っていったか分からない状態でした。


GL139_L.jpgある夜、娘の勉強部屋を出て寝室に戻る時、『こんなことを続けていたらいつかがんになる』という予感がよぎったのを覚えています。志望校に合格してからも娘の心は不安定でした。自立を期待する私とこれまでのように関心を持って欲しい娘との間に葛藤が生じました。時間こそが解決してくれると覚悟はするものの、私自身の心が休まることがずっと無かったのです。

ストレスと睡眠不足と栄養不足が原因なのは明白でした。娘のためにも自らの病気を治すことを優先しよう。娘からはいよいよ手を引くことにしました。自分の時間を作り、ニィーチェやパスカルなどの哲学書から仏教の本を読み、NHKの[100分de名著]で紹介されたヴィクトール・フランクルの[夜と霧]に夢中になりました。私は長いことこのような寄り道をしたことがありませんでした。いつの間にか読書に没頭して現実を忘れてる自分に気が付きました。何かに集中して、余計なことを考えない時間は心地よく、充実していました。

健康書も読みました。[10時に寝る法]関連、[病気は自分で治す]関連の複数の書籍はは実践に役立ちました。

ヒトの体は自然と一体になることにより健全に保たれています。普段そう意識して生活してる人はあまりいないでしょうね。私もそうでした。例えばメラトニンは、睡眠を誘導するホルモンであると同時にがんの増殖を抑制する物質ですが、ヒトは朝日を浴びることで、14時間後にメラトニンが脳の松果体から分泌され、眠くなるしくみを持っています。ただし、分泌には日没後の暗闇というもう一つの条件が必要となります。そうやって夜に活発になるというがん細胞への対応も出来ていたのです。光と闇の2つが揃わなければメラトニンは分泌されず、ヒト本来の能力を発揮できない。『太陽の子』というわけなのでしょう。


私は、夜10時にはベッドルームの照明を消して休むことにしました。夜中まで起きていた生活のリズムを一変させるのは気合HJ114_L.jpgだけでは無理でした。この際、リーゼ(精神安定剤)という薬の力を借りることにしました。夜中に目が覚めることなく、朝まで一直線に眠ることが出来ました。眠りの質も良かった。職場では一日中心穏やかでいられました。イライラしてしまう原因に睡眠不足があるのだと気が付いたのは収穫でした。

眠るための薬は、作用する時間の短いもの、いわゆる軽いものほどクセになり、止められなくなります。リーゼはまさにそれで短期勝負です。1錠だと便秘になったので半分にし、その後1/3錠に減らして3か月服用しました。

 ヒントを探しに健康セミナーにも足を運びました。遺伝子レベルでがん予防について学びました。
 ①私達生物は古い細胞を新しい細胞に置き換えながら生き続けますが、新しい細胞を作る時に、細胞の核にある遺伝子のコピーがうまくいかず、どうしてもコピーミスが生じてしまいます。こういう細胞はがんのリスクになりますが、修復能力を持っているので大丈夫。即刻修復されます。ただ、強いストレスがかかると修復しにくくなるといわれています。

 ②P-53のような抑制遺伝子(現在分ってるだけで100個程度)が備わっていて体内で活躍していますが、これもヘルシーなライフスタイルから遠ざかると働かなくなるそうです。がん遺伝子(現在分ってるだけで数百個)も持っていますが、むやみに恐れることなく、がん抑制遺伝子や免疫システムにしっかり働いてもらえばいいのです。

 ③がん遺伝子の発現を抑えるにはVC(ビタミンC)の点滴が有効のようです。

 ストレス対処と自然な生活リズム、手作りの自然な食事はなんとか実現出来ていました。(お肉・乳製品・お菓子等はほとんど食べません)私は、早速、VCを取り入れてみようと思いました。野菜や果物だけでは不十分と考え、服用するタイプで顆粒のVC製剤を使いました。実際、体は快調でした。


 さて、2012年4月に思わぬことが起こりました。女性は月経の周期があるために検査の際に隠れて見つからない場合があるそうですが、この時の検査でどうやらこれまで隠れていた小さな子宮のポリープが1個見つかったというものでした。すぐにポリープだけを切除することになりました。手術前、さすがに心細くなりました。どうしょうもなくなって心の内を看護師さんにぶつけました。すると看護師さんは、私の気持ちを温かく受け止めてくれたのです。気持ちが落ち着き、勇気と気力が湧いてきました。この日は日帰り手術でした。白衣の天使とはよく言うけれど、自分が患者になって初めてその大きな存在を知りました。

異形細胞消失。子宮頸がんの不安から解放。

 それから3か月が過ぎ、2012年7月28日。再び検査です。結果を聞くまで悪くなっていないだろうかといつもドキドキします。こういった思いをされてる人が世の中にどれほどいるのかな。取り越し苦労になるといいのだけれど。

すると結果は呆気ないもので、異常なし。子宮頸に異形細胞は見つからず、正常細胞だけになっていたのです。その日は解放感でいっぱいになり、寄り道をして帰りました。晴れ晴れとした気持ちでショッピングを楽しめたのはずいぶん久しぶりのことでした」

2012年9月1日のお話より

 「その後元気にしています。今日の検査でも無事、異常なし。安堵しています」

2013年4月13日のお話より

 「娘は高校3年生となり、再び受験勉強にいそしんでいます。3年前と比較するとずいぶん落ち着き、大人になりました。私がやってあげれることは『ささえているよ』という雰囲気づくりぐらいかな。今回は自分にブレーキをかけなくてはと肝に銘じています。日本冬虫夏草は量を減らして続けています。子宮筋腫の方も大きくならず、心配はないということで、この度は、先生から『内膜が柔らかくなっていますよ』と言われ、むしろ良い方向に向かっています。

 実は、眠るために使用していたリーゼという薬ですが、クセになり止められなくなりました。受験が終わるまでというつもりですが、その後の苦労は覚悟しています」

2013年8月17日のお話より

/M_T_001.jpg 「試験まで日数もわずかとなり、娘の気持ちはナーバスになってきています。それを受けとめようとすると、どうしようもなく心が消耗します。そこで私は、無理もないことと割り切って、時間を見つけてはドライブに出掛けることを心掛けています。心をリセットするのです。新鮮な空気を求め、深呼吸。そして、美しくのどかな風景で心を癒します。短時間のひとり旅ですが、これも大切な薬なのではないかと思っています」  

 2013年10月13日のお話より

 「経過順調です。定期検査も3か月毎から6か月毎に延びました。油断しないように頑張ります」

2014年1月1日の年賀状のコメントより

 「秋田の桜もやっと咲き始めました。娘の入学式も終わり、やっと自分の時間が持てそうです。睡眠不足も大分続きました。メンテナンスしなくてはと思っています」

2014年4月22日のお手紙より

 「半年に一度の検査がありました。異常なしの結果でした。異型細胞が消失してから無事2年が経過しました」

2014年8月3日のお話より

 「12月に検査がありました。異常なしでした」

2014年12月26日のお話より

ウィルス消失。さらに子宮頸がんの不安から解放

 「この度の検査結果も良好でした。子宮頸がんの原因のHPV(ヒトパピローマウィルス)も全く検出されませんでした。当初、『ウィルス検査をやっても高い数値が出て当たり前だからあえてやりません』と言われていました。よって、半年に一度の検査が一年に延びました」

2015年7月15日のお話より

 「年に一度の検査を無事通過いたしました。昨年の秋は海外旅行の夢が叶い、ハワイで娘と乗馬体験などをして過ごしました。この秋は、台湾旅行を計画しています。5年前はこんな日が来ることなど考えられませんでした。気を抜かず体を大切にしていくつもりです。日本冬虫夏草も続けています」

2016年8月29日のお話より

 「健康に感謝しながらこの一年を振り返っております。健康は宝もの、財産とは良く言ったものです。他には代え難いものですね」

2016年12月17日のお話より

 「心も体も安定しています。アカデミー賞作品の映画をひとりで観に出掛けたりしてリフレッシュしています。充実した生活を送っています。異形細胞の消失から間もなく5年が経過します」

2017年7月8日にお会いして

AQ127_L.jpg この夏、台風が頻繁に発生しましたね。日本海側はフェーン現象にみまわれ、秋田県も異例の高温が続きました。年に一度の検査も無事通過しましたが、少々夏の疲れが出たのか、だるさがあります。これから涼しさも徐々に戻ってくると思いますので、メンテナンスに努めたいと思います」

2018年8月26日のお話より

 

 「元気でおります。幼いころからがまんする性格でした。育った環境もあると思います。現在も周囲に相談出来ずにストレスを抱えてしまう癖があります。 性格を変えるのは難しいところがありますね。そうゆうわけで、ストレス発散、リフレッシュのために行動を起こすしかないと思っています。この度のゴールデンウイークは香港で過ごす計画を立てました。文化や言語の違う場所に行くと覚醒して、自分自身のリハビリにもなるといった別の実益もあります。楽しんできます」

2019年3月17日のお話より

 「2011年の12月に子宮頸がんの検診で高度異型性が見つかり、子宮摘出手術を覚悟しました。そんな時に日本冬虫夏草と出会いました。

落ち着いてゆっくり飲むようにしました。今までのハードな生活を見直して睡眠時間を十分に確保し、心の在り方にも気を配るように、まず自分を肯定して、自分に優しくするように心掛けました。

日本冬虫夏草を飲んでからの検査では、経過は、軽度異型性へと改善し、その後何回目からは異常無しとなりました。その後、半年ごとの検診から年1回の検診での経過観察と感覚が延び、今も異常無しが続いています。

 あれは何だったのかと振り返るとともに、今後の生き方に対する考え方も変わりました。

とにかく、元気なうちにやりたいことをやる。行動する。

旅行もその一つです。今年のゴールデンウイークに香港に行ってきました。香港は2回目だったのですが、ただでさえ人口密度の高い香港なのに、今回はさらに混雑していた上に、雨期に入ったのか、霧と雨で100万ドルの夜景は60万ドルの夜景になってしまいましたが、それでも旅は、私のリハビリだと思っています。

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ブクトリア・ピークからの夜景

(ご本人による撮影)

香港のジェントルマンに優しくされ、力強く主張してくる食べ物屋さん、危ない感じのインド系の人... 皆、私の中の常識を180度変えてくれました。

こうして生きている実感があるのも、健康が基盤になっているからですね。心からありがとうと感謝しています」

2019年5月14日お手紙より

 「検査を無事通過しました。今年も厳しい夏でしたね。一年のうちで最も弱るのは、夏だなと実感しています。暑さも落ち着いてくると思いますので、これからは体のメンテナンスに集中できると思います。日本冬虫夏草も多めに飲むつもりです」

2019年9月8日のお話より

 「秋田にも待ちに待った春が訪れ、『ガーデニングをそろそろ始めなくちゃ』と計画しているところです。秋田市のサクラ開花予想は4月10日です。心身ともに元気にしています」

2021年4月3日のお話より

 「遅い夏休みが取れましたので、秋空の下でドライブし、乳頭温泉を訪ねました。やわらかくて上質な温泉でした。心身共にリフレッシュ出来ました」

2021年9月18日のお話より

 

 

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※異形細胞を顕微鏡で見たイメージ

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細胞も比較的大きさが揃っています。
核も大きさが揃っています。全く異常はありません。
次回は1年後の検診で結構です。

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核がやや大きくなったりします。
炎症があったりホルモンのバランスがくずれたり、ポリープがあったりすると
出てくることがありますが、良性であることは間違いありません。
一応、半年後に再検査を勧められることがあります。

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基本的にはクラスⅡの仲間ですが、少しクラスⅢaに似ている所がある時があります。
3~6か月後に再検査をうけるように勧められることが多いようです。

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正常細胞ではありません。
やや顔つき(細胞質、核)に異常があります。
細胞に何らかの力が働き(例えばパピローマウイルスなど)活動力がより活発になった可能性があります。このままクラスⅢa→Ⅲb→Ⅳと進みがんに進む可能性は低く、正常に戻る確率の方がずっと高いと考えられております。しかしこれが出た時は定期的(例えば3か月毎)な検診や、念のための精密検査が必要な事もあります。クラスⅡ以下になるまでは通院しましょう。

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クラスⅢaに比べるとやや顔つきが悪くなります。
しかしこの時点では明らかな悪性細胞とはいいきれません。
いわば悪性の予備軍。この状態になると時期の早いか遅いかは別にして約20%の方が将来初期のがんになる可能性があると考えられています。但し注意しなければいけないのは、初期のがんなのにこの分類に入る入ることがある事で、クラスⅢbになったら精密検査は欠かせません。

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初期のがんが疑われる細胞です。
膣拡大鏡診や組織検査をうけて、どの程度のがんか精密検査を受けることが必要です。早期のものであれば子宮を残す手術が可能の時もあります。

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明らかな悪性細胞です。
細胞の大きさや型もいろいろ多彩な形態をとることがあります。病変が子宮にのみ限局しているか周囲に広がっていないか、リンパ腺はどうかなど調べた上で、早期の治療方針を立てることが大切です。

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今村晴美さん(宮城県在住)の場合

 「下腹部に尋常ではない痛みが走り、病院に行ったのは1999年(37歳)春のことです。この時、『他にも悪いところがないか、この際だから全身くまなく検査しましょう』という話になり承諾しました。すると次々と異常が見つかっていったのです。まずは乳房にしこり、そして甲状腺に腫瘍、さらに腸骨に影...

乳房のしこりは良性と悪性の中間レベル、グレーといったところで、すぐに摘出。甲状腺の腫瘍はクロ。広がっていたリンパも含めて摘出しました。腸骨の影はシロの判断でした。

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 今はどうか分かりませんが、当時の検査は肉体的、精神的負担が伴いました。手術よりしんどかったかな。私は、その病院で幸運にも心の支えになってくれる素晴らしい看護師さんと巡り会っていました。生検の際は病院側に頼み込み、その看護師さんに担当で付いてもらいました。検査中ずっと手を握ってもらっていたほどです。白衣の天使って本当にいるのですね。彼女がいなければ、次から次に起こる現実を乗り越えられなかったと思います。

 さて、唯一症状が出ていた子宮内膜症の話に戻りますが、片方の卵巣と卵管を摘出しました。子宮には筋腫が3個ありましたが、残して経過観察していくことになりました。甲状腺の術後も、抗がん剤の投与等無かったですし、投薬されたものといえば退院後の鉄剤とホルモン剤ぐらいですかね。

 その後しばらくして、副鼻腔炎の手術もやっています。このように、次々とやってくる大病に休み無く立ち向かっていかなくてはなりませんでした。

 2001年になると、今度は息子の肺にがんが見つかりました。当時18歳。転移ガンでした。手術の前に抗がん剤を投与し、患部を小さくしてから根っこを手術で摘出するというプランに沿い、抗がん剤投与が始まりました。すると全身の毛が抜けました。眉毛もです。並外れた食いしん坊だったのに食事はできず、飲み物さえ受け付けない。胃の中は空っぽなのに吐くのですから見てられませんでした。自分のことより辛かったです。

 

 そこにある人物が見舞いに訪れました。山内正徳さんという方です。そして『これ飲んでみて』と何か差し出したのです。それが日本冬虫夏草と私の初めての出会いでした。

 

 覚悟を決めた息子は、ひとくち口にしました。すると食べ物も飲み物も一切受け付けなかったのにスンナリ飲めたではないですか。それから先も他の物は無理でも日本冬虫夏草だけは飲めるということでした。不思議な物があるもんだわと思いました。

 

 その後、息子の手術は成功し、再発や転移と無縁で今日まで元気に過ごしています。日本冬虫夏草は現在も続けています。

 

 さて、2005年の話になります。仕事中のことでした。ずいぶん前から左耳が聞こえずらいなと思っていたのですが、秋になって、電話の受話器を持った時、発信音が全く聞こえなくなったのです。右耳にあてるGH127_L_SP0001.JPGと確かに発信音は鳴っています。音の種類によって全く聞こえない音とかすかに聞こえる音があるようでした。

 

 すぐに耳鼻科で診てもらうと『耳自体は何ともない。耳の裏も問題ない。他に問題があるのではないか』ということでMRIで頭部を調べると『何かあるね』と言われたのです。頭の中が真っ白になりました。診察が終わったらデパートに寄って帰ろう。そんなあたり前の日常が一遍に吹っ飛んでしまったようでした。老舗デパートが閉店セールをやっていた時だったのでよく覚えてます。1129日のことでした。

 

 そんな時、あの日本冬虫夏草を思い出したのです。再び山内正徳さんに相談し、私も早速日本冬虫夏草を試すことになりました。病院からは『腫瘍が耳の神経と顔面神経と三叉神経にかかっていますので手術のリスクがかなり大きく、万が一神経が切れてしまうと。顔の半分が落ちてくるでしょう』と言われました。そして、脳外科医の福島孝徳先生に執刀してもらうように手配してくれました。福島先生は海外で活躍されていて、鍵穴手術で癒着や神経を巻き込んだ腫瘍を上手く剥がす技術をもっている方らしく、来日する2週間の間に45件もの手術をするといわれています。その代わり、手術を1年近く待たなければなりませんでした。

 

 手術の準備として貧血を改善しなければならず、鉄剤を渡されました。日本冬虫夏草は無理なく続けられました。フルタイムで働くのを止め、時間をセーブして仕事を続けました。

 

 半年後の20065月。脳腫瘍の診断直後からあった頭痛が無くなっていました。血液検査をすると、『貧血が良くなってる』と言われました。『子宮筋腫も大きくなっていない』ということでした。頭痛は、『ここに腫瘍がある』という精神的なものに起因した痛みだったのかなとも思います。20069月には、貧血は改善され、子宮筋腫も大きくならず止まったまま。子宮筋腫の方は『このまま手術なしでいけそう』との診断。難聴はまだありました。

 

 20061027日、脳腫瘍の摘出手術の日です。前もって『腫瘍は神経に絡まっているので元のように聞こえるようにはならないよ』と釘を刺されていました。病室を朝9時前に出て、手術室から戻ったのが夜の8時。手術は10時間に及びました。後で知ったのですが、この日は私のために10名程の親戚縁者が駆けつけ、見守ってくれてたそうです。術後、頭の中に空気が入ったために起こる頭痛が続きました。そのため1か月は薬を服用しています。薬はそれだけです。

 

 

戻らないと言われていた耳が元に戻った

 

しだいに頭の重苦しさや痛みから解放されていきました。そして、なんと左耳が昔の耳に戻ったのです。電話の受話器をあて、普通に会話が出来るようになったのです。耳は元には戻らないと覚悟してましたから、信じられないことでした。

 

 私の感想ですが、腫瘍が神経から剥がれ易くなってたのではないかと思うのです。手術まで長い時間がありました。その間、日本冬虫夏草をはGW115_L_SP0001.JPGじめ、食事に気をつけたり、仕事をセーブしたり、できるだけ体をいたわる事に努めました。乳製品断ちもしました。それまではチーズが大好物で頻繁に食べていました。これらの試みが無駄ではなかったのだと思いました。仕事はひと月休んだだけで、復帰することができました。

 

 20077月。持病の子宮筋腫にも変化が現れました。

筋腫3個がそれぞれ小さくなっているのです。先生も『このまま閉経していけば大きくなることはありませんし、手術の心配はもうありませんよ』と言ってくれました。血液の状態も『献血できるほどです』と言われました。この年の暮れには転職してフルタイムで働き始めています。

 

 持病の子宮筋腫はさらに小さくなっていき、2010年の夏から週に1度スポーツジムに通い始めました。40分のランニングが出来るほどの体力が身につきました。私の実年齢を知った人が『えっー!若い!』と驚いてくれます。孫と一緒にいると母親と勘違いされることもしばしばです。日本冬虫夏草との付き合いも5年を超えました。2006年の脳腫瘍の手術が終わってから手術を必要とするような大病が全く無くなりました。暮らしの中にはいつも日本冬虫夏草があります。

 

 振り返ると、経済的問題を抱えていて、それが引き金になったかなと思います。20年間苦しみました。がむしゃらに働き続けなくてはなりませんでした。休んだという記憶がほとんどありません。体が悲鳴を上げるはずです。今では全てが片付き楽になりました。一方で人に恵まれました。健康を取り戻せたのは周囲の温かい方々に支えてもらったお陰だと思っています。

 

 私は、自分の事情や悩みを隠したり、ひとりで抱え込んだりしない性格です。それゆえ、皆からヒントやアドバイスを貰えたのかなと思います。皆、色々な経験や知識を必ずお持ちです。今度は私が病気で苦しんでる方の力になり、世の中にお返したいと思いました。私の経験が役立ってくれたらこんな嬉しいことはありません。そのため実名のまま、隠さず話させていただいたつもりです」

 

201124日のお話より

 

 

 

【経   緯】
1999年  日付記録無し 乳房のしこり摘出。
   4月15日 子宮内膜症で卵巣・卵管摘出手術。子宮筋腫は残す。
   5月11 左腸骨腫瘍生検。
   5月24 甲状腺がん手術
2000年  10月30 副鼻腔炎手術。
2005年  11月29 脳腫瘍見つかる。
2006年  5月 脳腫瘍の診断直後からあった頭痛が解消。
子宮筋腫の大きさはそのまま。貧血改善方向へ。
   9月 子宮筋腫の大きさはそのまま。貧血改善。
   10月27 脳腫瘍摘出手術。本来の聴力に戻る。
2007年  7 子宮筋腫が縮小し、完全に手術の必要無くなる。
2010年  10月 子宮筋腫がさらに縮小。

 

 「立ちくらみのようなめまいがしたので、検査をするとコレステロールと中性脂肪の数値が高いことが分かりました。CT画像には脳梗塞の跡が写っていると言われました。いつ起こったのか気が付きませんでした。こういうことは多くの方にあるようです。体調に自信があったので、ここしばらくは、食事に気をつけることも無く、自由に食べてました。気を抜いて油断してました。職場の同僚に健康アドバイザーがおりまして、コレステロールを下げる食材、血液をサラサラにする食材を教えてもらいました。運動と組み合わせて、体質改善に努める決意を新たにしています」

 

                                2011年2月10日のお話より

 

 

 

3.11東日本大震災で次男家族が九死に一生を得ました。

            

 「巨大地震の直後、名取市閖上(ゆりあげ)に住む次男家族の安否が気になりました。海沿いの街ですから津波によって壊滅したという話です。連絡も取れず、一部の望みも無いとあきらめかけてたその時、当人達が現れました。孫を抱きしめて号泣しました。地震から3日目のことです。IMG_0797_SP0001.JPG

 

我家は今、非難してきた他の親族も合わせて10人暮らし。次男は職場が流され、仕事を失った状態ですが、目下のところ大所帯で賑やかに過ごしております」

            2011年3月16日のお話より

 

 

 

名取市にある仙台空港ターミナルの様子。津波によって運ばれた瓦礫の山。止まったままの電車が見える。329日撮影。瓦礫の撤去が急ピッチで進められていた。米軍200人が作業にあたり413日に一部国内線で運行再開。当初、開港に一年といわれていた。驚異の速さに世界中が驚いた。

 

 

 「疲れがでたのでしょうか?首に痛みが出たので脳外科で診察してもらうと、帯状疱疹と分かりました。発疹が出る前だったのですぐに治療し、事なきを得ました。次男は新しい仕事に就き、再スタートを切りました。今は5人所帯となり、日常生活も落ち着きを取り戻しつつあります」

2011年6月3日のお話より

 

 

 市の乳ガン検診で『影のようなものがある』とのことで再検査に行ってきました。正直ちょっと心配でしたが...今日の検査で異常なし。安心して帰ってきました。めまいからは解放され、血糖値だけ高く、今、本気で食事療法を始めたので体調が良いです。息子は私より日本冬虫夏草を多く飲んでいて元気にしています」

2012年5月8日のEメールより

 

 今日、検査のため病院に行ってきました。2か月前から薬は出されていたのですが正常値に届かず、ここにきてついに血糖値が正常になりました。真面目に食事療法に取り組んだ成果だと思います。コレステロール値もOK!嬉しいです」

2012年6月28日のEメールより

 

 「両親や孫たちと大所帯で楽天と日ハムのゲーム観戦に行ってきました。延長戦にはなるし、孫たちは飽きてくるし、冷えてくるし、途中で帰宅して正解でした。無理をせず、家族でイベントを楽しみながら過ごしています。脳腫瘍の手術から8年が経過しました。元気で過ごしております」

2015年5月21日のお話より

 

肺がんを克服した長男が結婚

  「昨年11月末に副鼻腔炎になり、ポリープも一つみつかったため手術しました。その後 、大晦日に40度、1月末にも38度の高熱が出ました。病院での検査で、インフルエンザでないことが分かっています。でもそれからなんですよね。体の調子が良くなったのは。発熱の産物かもしれません。

EN166_L.jpgこの度、肺がんを克服した長男が良縁に恵まれ結婚いたしました。9月には子供も生まれます。18歳の時に抗がん剤を大量投与してましたから、子宝に恵まれることなど考えていませんでした。驚いています。みんな元気で働いております」

2016年5月3日のお話より

 

 「予定より一か月早く孫が産まれました。2400gと小さめでしたが元気な男の子です。私のところにお嫁さんが里帰りしたようなかたちになっていましたが、今日から本来の住まいに戻り、3人の生活が始まります」

2016年9月18日のEメールより

 

 「職場店舗の移転に伴って退職し、しばらくバケーションのつもりで過ごしておりましたが、働いてる方が自分らしくいられると再認識し、再就職しました。目下元旦しか休みが取れないという忙しい職場です。のんびり過すのは性に合いませんね。いずれにしても元気に働いていますのでご安心ください。ただ、血液検査で血糖値が高めでしたので、日本冬虫夏草の液の他に粉末を加えて様子をみることにしています」

2018年12月8日のお話より

 

 「長男夫婦から第二子妊娠の知らせが届きました。9月に誕生の予定です。18歳の時に肺がんの治療で抗がん剤を大量投与した長男が、再び子宝に恵まれるとは!常識を覆すことが続いています」

2019年3月25日のEメールより

 

 「長男の第2子が8月23日に無事誕生しました。今度は女の子です。私のところにお嫁さんが里帰りしたようなかたちになって一気に7人家族となり、1か月間賑やかに過ごしました。少しくたびれました。これから体をメンテナンスしていこうと思います」

2019年9月1日のお話より

  「厳しい夏を乗り越えて、家族皆元気にしております」

2020年9月28日のEメールより

 「ずいぶん寒くなりましたね。それでも家族皆元気にしております」

2020年12月15日のお話より

足立吹喜代さんの場合

群馬県前橋市の足立吹喜代さん(子宮筋腫)からの手紙

拝啓 

  毎日厳しい暑さが続きますね。いつも大変お世話になります。 遅くなりましたが治療中の記録をお送りいたします。 私は本を読み、「そうだ私も日本冬虫夏草で治してみよう」手術は絶対にしたくないと思いました。 治療経過は別紙のとおりですが、治療中は時にはくじけそうに なったこともありましたが、おかげさまで健康になることができました。そして、手術もしなくてすみました。本当に夢のようです。

 健康ほどありがたいものはありません。私は健康になることができましたが、私の周りにもガンで苦しみ若い命を失った人がたくさんいました。(私の甥もそうでした。病気が発見されてから5ヶ月あまりの命でした。) 本人はもちろん、残された家族にもこんな辛いことはありません。かける言葉もありませんでした。

 一日も早く日本冬虫夏草がガンを治せる薬として完成されることを願っています。どうか皆さん頑張ってください。 そして、私の一年くらいの記録ですが少しでも皆さんのお役に立てば幸いに存じます。 暑さ厳しき折くれぐれもお体をお大事になさいましてお仕事にお励みください。

  まずはお礼まで。

かしこ

 

病名 子宮筋腫
年齢 58歳(体重58Kg)

〈1999年8月2日〉病院にて筋腫の大きさ8cmと診断される。(実はここまで大きくなって いるのに気づかなかったのは症状があまり出てなかったということと,年齢的に更年期ということからです。) 医師は手術をする大きさとさかんに言う。私は年齢が年齢ですから手術は避けられるものならと医師に相談する。では少し様子を見ましょうということで次回検査は3ヶ月後。

〈9月1日〉日本冬虫夏草を1日600CCずつ5回に分けて飲み始める。

〈11月18日〉検診
まだ少量の出血あり、筋腫の大きさ医師に聞いてもはっきり言わないが、かなり大きそう。

〈11月25日〉
カルシウムマグネシウムを加えて飲み始める。

〈12月6日〉検診 MRI検査
筋腫の大きさ8cmと診断、医師より特別変わったことがなければ次回検査は6ヶ月後。

〈2000年2月1日〉
大分体調も良いので(出血もなく)今月より1日350ccに減らす。70ccずつ5回。

〈3月15日〉
日ごとに良くなっていくので量を少しずつ減らす。一日280cc、1回70ccを4回。

〈4月22日〉
1日180cc、60ccずつ3回。

〈5月23日〉
1日180cc、60ccずつ3回。とても体調が良くなったので上記のように飲んでいる。

〈6月22日〉検診
特別変わったことがなければ手術もしなくて良いとの事。6ヶ月後に検診にもう一回。

〈6月22日〉
1日180cc、60ccずつ3回。現在も上記のように飲んでいますが、疲れたときは多めに、先日は海外旅行に水筒に入れて持っていき、元気に旅行ができました。

飲み始めてからの体の変化
○いつも肩こりがあり、少しの書き仕事でも目が疲れていたが、飲み始め10日くらいより、肩こりも目も楽になったのがはっきりわかる。
○疲れてとても体が辛い時飲むと、とても元気になる。
○花粉症で毎年医院で薬をもらって飲んでいましたが、今年は薬も必要なく日本冬虫夏草だ けで楽に過ごすことができました。
○胃、下痢などの時も日本冬虫夏草で治していました。今年は薬らしい薬は飲まなかったような気がいたします。

足立さんはその後一日90cc程度を毎日飲んでいます。

【あとがき】
病気になったとき、本人や家族がかかえる不安と動揺ははかり知れません。できることなら静かな気持ちでより良い治療を選択し、原因をつきとめ、生活改善にも取り組んでほしい。そのためには、同じ病気になった人はどのような医療を受け、どのような経緯を辿るのかをよく知ることが前提となるはずです。そのような思いから、自らの経験が役立つのならと貴重な情報を寄せてくださった方々です。
実名とポートレート(ご自身の写真)、尚且つ実物の検査データや画像を添えて公開して下さった方、苗字を除き名前(実名)だけの方、また仮名の方など、体験者の意向を尊重しております。

特定の治療を推奨したり、特定の治療を否定するものではございません。
体験談の虚偽記載は一切ございません。