胃がん・スキルス胃がん

胃がん・スキルス胃がんを自然消失された方のお話も含まれています。冬虫夏草や自然療法、代替療法にご興味のある方々です。

山下邦雄さん(薬剤師 東京都在住)の場合

 「我が家は両親および兄、妹の身内4人が、がん死(4人とも胃摘出手術をうけ、内3人は胃がんが直接の死因)するというがん家系らしく、私も用心して20年以上毎年胃検診(X線、又は胃内視鏡)を受けてきました。2009年は胃X線透視後要精密検査といわれ、内視鏡検査を受け、異常なしとなりました。2010年は要精密検査なしで済みました。

001.jpg2011年は、6月初旬に直接内視鏡検査を受けたところ肉眼でも胃がんといわれ、病理組織検査では印環細胞がん、即ち未分化のスキルスタイプと診断されました。通常がんと診断されると、一瞬頭の中が真っ白になって呆然とするといわれていますが、私の場合には、いよいよ来るものが来たかという冷静な受け止め方ができました。

発見者はごく近隣の久米川病院の内科医でしたが、すぐに、近くの公的病院の外科を紹介されました。外科の諸検査の結果、ステージⅠaの早期胃がんと診断されて、手術の準備をされました。しかし、私は新潟大学の安保徹教授の教えに従って、内視鏡手術(ESD)なら受けるが、開腹手術は辞退したい旨を申し出て、内科の内視鏡手術医を紹介してもらいました。

ところがこの内科医は理由も明らかにすることなく、いきなりこの症例は外科手術適応として有無をいわさない剣幕で外科逆送と独断で決めようとしました。私はステージⅠaの早期胃がんであるなら、内視鏡手術を受けた後、足りない部分を自律神経免疫療法と日本冬虫夏草を2本柱とし、その他多くの代替療法で療養するつもりでおりました。

 

 実は胃内視鏡手術の適応にはガイドラインがあります。それは①分化型細胞がんであること、②潰瘍又は潰瘍痕がないこと、③腫瘍が2cm未満であることなどです。私の場合は、未分化型がんであることからこのガイドラインから外れていることが、後程判明しました。私は自分の信奉する代替療法を続けながら、この公的病院との意見の相違等のため、当該病院での手術を断念し、結局最初の久米川病院に戻される形となりました。

この時、発見から約4ヶ月の月日が流れていました。病院での治療はやってませんので、自分の実行する療法がどうだったか確認するつもりで再度胃内視鏡検査を受けたところ、医師は先入観があったせいか、前回と同様の診断結果を出し、改めて2つ目の公的病院外科を紹介しました。

その紹介状には未分化型のスキルスタイプの胃がんと記されておりました。通常スキルスタイプの胃がんは進行が早く、早期の手術が必要と医学書には書かれています。

 

 私が行なってきた代替療法は先の2つに加えて、漢方薬の補中益気湯と十全大補湯、ビタミンCの大量内服(10g/日)、健康食品のフコイダン、抗潰瘍剤ガスロンN(4mg 1T/日)、ビワの葉罨法(あんぽう)と生姜湯湿布、足湯、それに飲尿療法です。

飲尿療法はがん発見直後から朝一番の尿約30ccを一気に飲み干すものです。日本冬虫夏草の飲用は少し遅れて始めています。数日してそれまでの無味だった尿がすごく塩辛くなって、飲めなくなりました。これは日本冬虫夏草の新しい作用機序ではなかろうかと思います。尿中に体中の塩分が排泄されることは無塩食事療法で有名なゲルソン療法に通じる作用効果で、この療法では体内の細胞内のNaをすべてKにおき代えることを目的にしています。

私の実践した代替療法
01.日本冬虫夏草
02.補中益気湯エキス
03.十全大補湯エキス
04.フコイダン
05.ビタミンC
06.ガスロンN
07.自律神経免疫療法
08.ビワの葉罨法
09.生姜湿布
10.足湯
11.飲尿療法

日本冬虫夏草は液体で、2か月間毎日180mLを分4で飲用しましたが、2か月で一応飲用を中止して、飲尿を再開すると数日後から尿の塩辛さが全て無くなったことから、日本冬虫夏草が原因であったことが明確になりました。

 

スキルス胃がん細胞消失。外科手術必要なし。

 2011年10月6日。2つ目の公的病院でも外科には受診せず内科を受診し、ここでも内視鏡手術が駄目なら外科手術も止むを得ないと観念して、5回目の内視鏡検査を受けました。その結果が10月14日に判明しました。

 医師は首をかしげて不思議そうな面持ちで『がん細胞が見当たらない』と発言。外科に送るためには、再確認のため、もう1回内視鏡検査を実施したいとの意向で6回目の内視鏡検査とCT検査を受けました。勿論組織を採っての病理検査も併行して行われました。その結果が判明したのは10月24日。やはり、がん細胞は見つかりませんでした。ですから外科手術も必要ありません。

私が勉強し、信奉してきた各種の代替療法の勝利です。天にも昇る心地というのはこのようなことを言うのでしょうか。

002.jpgこの4か月以上にわたって4、5名の医師より早期の外科手術をすすめられてきたのを何とか先延ばしにしてきました。

一部の臓器でも手術で切除されたらQOLが低下し、一生死ぬまで何らかの身体的不具合を感じながらの生活となったでしょう。望外の喜びです。その場に同席していた家内も大変な喜びようで、その夜は赤飯を炊いて二人で祝杯を挙げました。

 

 

 

 

生き方を変えてみる

 一度がんにかかって治癒した人はがんを経験したことのない人に比べて8~16倍も他の部位臓器のがんにかかり易いという統計もあるようです。過去の生活環境、性格、食事、考え方等あらゆる面で反省し、改善し、ストレスをためないように心掛けようと思いました。

その後は、①漢方薬の補中益気湯7.5g/日分3、②抗潰瘍剤ガスロンN1T/日、③ビタミンC原末5g/日分1、④日本冬虫夏草を粉末に変えて1g/日分2、⑤Se 30.2μgを含むマルチミネラル3T/日分1、⑥ウコン100%3g/日分3、⑦ニューフットウェル使用による手足指先の微小振動刺戟(しげき)を利用した自律神経免疫療法1日2回毎回手足指各2分、⑧ビワの葉罨法(あんぽう)1日1回30分、⑨生姜湿布1日1回30分、⑩湯タンポ使用による就寝時の足指先保温、⑪毎日の入浴、⑫その他発がん防止が期待される玄米菜食、塩分控え目食、獣肉控え目食、緑茶、みかん、ヨーグルト、各種野菜の多食、大豆製品の多食、ニンニク・生姜の常食、茸類の多食、精製白糖・三温糖の使用制限等の食事療法を実践してきました。

 最近、精神・神経・免疫腫瘍学(英語ではPsycho-neuro-immuno-oncology)という学問が急展開して、がんには精神的要素が大きく関わっていることが分かってきました。心の持ち方次第では自然治癒もありうるし、奇跡ではないのです。精神的にゆとりのある毎日を愉快に、朗らかに、明るく笑って感謝の日々を送ることが、がんにかかり難く、かかっても治り易く、高い生存率が得られることが分かってきました。

名古屋に末期がんから生還した元がん患者の数百人規模の「いずみの会」という会があるそうです。その会合に出席する人々はとても元がん患者とは思えないほど、明るい表情で活発な発言をし、大きく笑い、周囲に対する思いやりの深い方ばかりで、年間のがん死亡率が数パーセントだそうで、多くの方が天寿を全うするそうです。

発がんの大きな原因の一つに精神的、肉体的ストレスがあります。そのストレスがなくなればがんが消滅することは自然の道理であります。また、適度な運動は発がん抑制とがん治療の一翼を担っています。私の場合2011年8 月半ばで退職したために、人間関係のストレスから解放されたのは、治るために良い条件でした。そして運動ですが、従来より実行していた水泳、アスレチック運動を継続しています。

 先の1つ目の公的病院で乱暴な対応をした内科医には後日談があります。それは私が『内視鏡手術で足りない部分は自律神経免疫療法その他の代替療法で補足したい』と発言した途端に不快感を示し、『免疫療法でがんが治癒する実例があるのか』と反問して来たことです。西洋医学一辺倒の病院の医師はあらゆる代替療法に不信感を抱き、反感を持っていることが見て取れました。その後の私の経緯は直接その内科医には通知していませんが、内科のナースにはがん細胞発見せずとの文書を提供しています。

 

既製概念にとらわれず、自ら情報収集、自ら選択

 本稿の教訓は定期的な健診と西洋医学の三大療法(手術・抗がん剤・放射線の通常療法)に頼らない治療法です。従って、がんが発見されても病院の医師の指示、発言に惑わされずに、独自の情報網を使って、多くの情報を集め、003.jpg多くの選択肢の中から最適の治療法を自分が選ぶことでしょう。医師からの情報も必要な場合があるかも知れませんが、それを盲信せず、独自の判断で情報を選択することでしょう。

 早期の胃がんでは腫瘍マーカー(CA19-9とCEA)はほとんど陰性で、診断の決め手にはなり得ず、やはり胃内視鏡と組織の病理検査が決め手です。今回の私の場合、最終診断に至るまでには6回も検査を重ねました。最初の4回では胃がん陽性、5回と6回目で陰性と出たわけですが、3つの病院でそれぞれ2回ずつ行ったことになります。費用も馬鹿になりません。公的保険でカバーされている部分はたかが知れています。自律神経免疫療法と健康食品も高価で、かなりのダメージでしたが、命には代えられません。

 

スキルス胃がんの通常療法について

 2011年の当時の専門雑誌から引用すると、スキルス胃がんは胃がん全体の7~10%を占め、比較的若い女性に発症例が多いという。早期発見は困難で、腹膜に転移しやすいという。スキルス胃がんと診断された患者の半数余りは既に腹膜に転移した進行がんというデータもある。スキルス胃がんが発見された時に腹膜播種等の転移がなければ治療の基本は手術。術後に腹膜播種の形で再発のケースが多いという。手術時腹膜播種が肉眼で見えないケースでも、微小転移が既に起きていて、時間の経過とともに大きく増殖する。

スキルス胃がんの病院での標準治療は普通の胃がんと同様、転移がなければ、胃切除。その後一年間は再発予防のためTS-1を経口投与。術後の化学療法で、普通の胃がんの場合、3年生存率70~80%、5年生存率60~70%。スキルス胃ガンでは3年生存が20~30%、5年生存はデータがないので10~20%と推定。最新のスキルス胃がんの治療法は手術+術後のTS-1とシスプラチン、タキソールの併用。

既に転移陽性例や術後再発例ではTS-1とシスプラチンの併用が標準治療とされている。この治療での生存期間の中央値は13か月とされている。但し術前にTS-1とシスプラチンを1クール実施して手術すると、根治の可能性もあるという。タキソール(iv)は消化器毒性が低く、術直後からの使用も可。一般的に術後化学療法は6週後から始めるという。

以上のようにスキルス胃がんは予後不良例が多いようです。これらの治療を一切受けなかった私のようなケースは非常に稀ではないかと思われます」

山下邦雄さん2011年執筆の原稿より

 

カルチノイド腫瘍消失

  「その後の経緯ですが、2012年12月14日にカルチノイド腫瘍細胞が見つかりました。通常の胃がん細胞とは性質が異なり、穏やかで成長も遅いことからカルチノイド(がんもどき)と呼ばれています。治療としては、所在場所の関係から内視鏡手術は不可能であり、内科的薬物療法もなく、外科手術のみだそうです。

 私が実行した代替療法は以下の通り、3か月間継続しました。2013年4月5日の病理組織検査ではカルチノイド腫瘍細胞が見つからず、この件についても医師からは『ありえないこと』と不思議がられました」

Ⅰ 医薬品
(1)本草十全大補湯エキス顆粒           9g/日 分3
(2)本草補中益気湯エキス顆粒          7.5g/日 分3
(3)カイトロン 10mg                   3T/日 分3
(4)セレガスロン 4mg                  1T/日 分1
(5)バイアスピリン 100mg               1T/日 分1
(6)ビタミンC純末                    10g/日 分2

Ⅱ 健康食品
(1)日本冬虫夏草粉末                 2g/日 分2
(2)Se30.2μgを含むマルチミネラル         3T/日 分1
(3)ウコン100%粉末                  3g/日 分3

私の実践した代替療法
01.十全大補湯エキス
02.補中益気湯エキス
03.カイトロン
04.セレガスロン
05.バイアスピリン
06.ビタミンC
07.日本冬虫夏草粉末
08.マルチミネラル
09.ウコン

Ⅲ 物理療法
(1)自律神経免疫療法として両手指爪もみ 各指         各10回 1日数回
(2)自律神経免疫療法として両手指先電気微振動刺戟     1回2分 1日1回
(3)ヘルストロン全身通電 6000V                  1日1回20分 1週4~5日

Ⅳ 運動療法
水泳とアスレチック                       1回2時間夫々週2回

Ⅴ ストレス解消のための精神療法
(1)薬局における調剤と患者服薬指導           1日約6時間 週2回
(2)詩吟練習                             1日30分 毎日
(3)デイサービスにおける高齢者対象のボランティア活動 1回2時間 週1回
(4)音楽と絵書画鑑賞                       随時
(5)お笑い(TVとCD等による落語、漫才等)          随時

Ⅵ 食事療法
玄米菜食、低塩味付け、ヨーグルトとにんにく多食、豆乳飲用、緑茶葉の徹底利用、獣肉と精白糖排除、完全咀嚼、生水の飲用禁止

Ⅶ 温熱療法
湯たんぽ使用による足温、生姜紅茶飲用
追記:3月中旬より瘀血対策と冷え対策目的の本草桂枝茯苓丸エキス顆粒
    7.5g/日 分3

私の実践した代替療法 つづき
10.両手指爪もみ
11.両手指先電気微振動刺激
12.ヘルストロン全身通電
13.水泳とアスレチック
14.仕事
15.詩吟
16.ボランティア活動
17.音楽と絵書画鑑賞
18.落語、漫才
19.食事療法
20.湯たんぽ足温
21.生姜紅茶
22.桂枝茯苓丸エキス

山下邦雄さん2013年執筆の原稿より抜粋

 

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あとがき

 「身内4人の胃がんの治療は、病院での一般的な(通常)療法でした。医師に全ておまかせでした。代替療法なるものは全くやってなかったのです。そんなことがあって、私は、高齢を意識するようになった頃、世の中にあるあらゆる療法を試してみようと思いました。

 知識の土台が無いと、いざ『がん』と告知された時、パニックになり、落ち込み、頼みの綱である免疫力まで下げてしまう。いざという時、取り乱さず、静かな姿勢で立ち向かいたい。努力をしたいと思ったのです。そのための準備というわけです。

 病院の通常療法は、治そうとする自分に対して、悪いところを切り取ってくれたり、小さくしてくれたり、あくまで手助けに過ぎません。最終的に病気を治すのは自分の力だということ。そして、その力を引き出すには努力が欠かせないこと。そんな原理原則を理解している人が非常に少ないように思います。

 私は、スキルス胃がんになる1~2年前に図書館で日本冬虫夏草の本と出合い、知識の一つとして備えていました。

CX138_L.jpg水泳やアスレチック、自転車の運動は10年以上続けています。水泳は週に2度、合計4000mは泳ぎます。一日で体重が0.5~1kg減ります。

肉体を鍛えることによって思わぬ副産物がありました。自信というものが身に付きました。信念を貫く強さも身に付いたのです。

人間は本来弱いものです。周囲から否定されたり、様々な意見に翻弄されたりして、簡単に心が揺れ動いてしまいます。思わぬ攻撃にも合います。信念を貫くことほど難しいことはありません。肉体を鍛えてるかどうかは、大きな差です。運命が変わってしまいます。

 胃がんの原因にピロリ菌やタバコが取り沙汰されますが、2003年頃、検査でピロリ菌陽性と分かり除菌治療を受けました。でも除菌しきれなかったのです。除菌治療も万全ではありません。2011年にピロリ菌が指摘されましたが、その後は触れられることはありませんでした。タバコは25~26歳の頃に葉巻をくゆらした程度でした。

 病名を告げられた時もそうですが、自覚症状は全く無く、これまで食欲が落ちたことは一度もありません。毎日晩酌も欠かしませんし、日本酒なら一合程度いただきます。お気に入りの地酒を求め、年に一度蔵元まで赴くのを楽しみにしています。常に美味しく食事をしてきました。幸せなことです。

 2013年12月12日。訪問看護師さん主催の『がんカフェ』で私の闘病記を配布し、概略の説明をしました。聞き手は、元がん患者さんと医療関係者の方々です。病気になった時、慌てないように準備しておくことの大切さを説いています。準備とは知識の土台と肉体の鍛錬です。

 週に一度は老人ホームやデイケアセンターでボランティア活動をしています。紙芝居をしたり、本を朗読したり、肩もみをさせていただいたりです。この頃はお世話になった社会にお返しすることが私の生きがいとなっております。

2014年2月10日のお話より

 2月24日に病理検査を受けました。8検体いずれからも悪性細胞なしとの判定をいただきました。

2014年3月11日のお便りより

004.jpg 山下邦雄氏1934生。1957年3月千葉大学薬学部卒。20年間製薬会社に勤務後 管理薬剤師として複数の商事会社、医薬品販売会社等勤務。1961年通訳案内 士資格(英)取得、2003年ケアマネジャー資格取得。現在は調剤薬局に週2日パート勤務。2013年には全国の病院や調剤薬局で読まれている専門誌「ファーマ トリビューン」に自身の『薬剤師の闘病記』が掲載され大きな反響を呼ぶ。→ 008.jpg

 

 

千葉廣さん(当時70歳)の場合

 「2009年11月のことでした。夜、寝床に入って間もなく、突然みぞおち部分が苦しくなったのです。すぐに治まりましたが、今までこんなことは無かったので『おかしいな』と思いました。IMG_0855_SP0000.JPG

 翌日は何事も無く眠りにつきました。そして三日目。全く同じ現象が起きたのです。寝床についたのは同刻22時。再びみぞおちが苦しくなりました。この時もすぐに治まりましたが、『これはガンかもしれないな』とピンとくるものがあったのです。

 すぐに病院に行き、胃カメラを飲み、モニターをながめていると黒いものがボッと現れてきました。『これかぁ』と思いました。実は3年前に腸内ポリープの手術をしています。その際、細胞を調べて『ガンになりかけてる』と言われていました。それでもタバコを止めなかった。本当に止めなくてはいけないなという思いがよぎりました。

 精密検査後の診断は胃ガンの初期とのこと。先生は『気付くのが早かったですねー』としきりに感心してました。でも胃の2/3の切除は免れません。日本冬虫夏草は11月半ばから飲み始めました。日本冬虫夏草は、母(千葉トミエさん)が飲んだことがあり、一ヶ月半飲み続けて再検査すると胃ガンが自然消滅していたという経緯がありました。

 

 私は飲み始めて一ヶ月に満たなかったのですが、12月12日に腹腔鏡手術を行いました。手術は無事成功しました。そしてちょっとした事件があったのです。麻酔が切れても全HQ156_L_SP0000.JPGく痛みを感じないのです。先生が焦ってスタッフを叱っていました。『麻酔を多く投与したんじゃないかっ!』ってです。そんなことは決してなかったんですけどね。痛みが全く無いというのは自分でも不思議でした。傷は小さいとはいえ、お腹を切ってるのですからね。だから痛み止めの薬も一切出なかった。抗ガン剤の投与も無しです。

 病室はガン患者ばかりの4人部屋でした。皆、転移をしていました。ですから抗がん剤の投与も受けていました。日々忙しい生活の中で、初期の段階で発見することの難しさ、その現実を突きつけられました。 

2010年12月22日のお話より                      

 「手術から間もなく2年が経過しようとしています。あれから禁煙は成功していて、毎日の食事も美味しくて幸せです。ついつい食べ過ぎてしまうことがたまにきずです。仕事も続けていますし、自家菜園で無農薬野菜を栽培し、それなりに体も動かしています。快適に過ごしています」

2011年10月18日のお話より 

  

 「手術から2年が経ちました。変わらず元気にしております。禁煙もうまくいってます。長い間タバコを止めたいなーと思っていたので、病気がきっかけをくれたと思っています。入院中はタバコを吸う人を見かけることはなかったですし、頭の中は病気のことで占められていて思い出すこともなかった。退院の日、迎えの車に乗車した際、息子がタバコをくわえたのを見て『そういえば自分はタバコ飲みだったなー』と思い出したくらいです。ても吸いたいという気持ちは全く無くなっていました。今もそうです。

 畑の作物はこれから雪をかぶり、甘さが増してきます。冬野菜の美味しさを味わえる幸せを噛みしめています。

 病気で悩んでる人がいたら、隠さないで喋ってみたらと言いたいです。誰かに話すと心が落ち着くし、何らかのアドバイスを必ずもらえます。いいものを教えてもらえます。その中で自分でいいなーと思ったことはやってみたらいい。ダメだったらまた次の手を考えればいいのです。私はそうしてきました。また、アドバイスされてもアレもダメ、コレもダメ、何をやっても同じだと言って何もやらない人がいます。こちらもせっかくのチャンスを逃してるように思います。自分に合った道をぜひ見つけて欲しいと思うのです」

                                    2011年12月15日のお話より 

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千葉トミエさん(当時80歳)の場合

000055-a.jpg 千葉トミエさんは、1993年8月、町の検診で胃にポリープが見つかりました。再検査してみると実は胃ガンとの診断。胃の全摘手術をすすめられました。
 

その時、お孫さんの結婚式を間近に控えてました。話し合いの結果、手術は式を終えてからとなったそうです。当時トミエさんは80歳。息子さんの 千葉廣 さんからお話を伺いました。

 「私は母に本当の病名を伝えることができませんでした。というのも母の兄弟4人がいずれも胃ガンで亡くなっていたからです。告知は本人にとって絶望的な話になります。ただ、兄弟と同じ治療をやったところで母も同じ道をたどるのではないかという思いがありました。手術はまだ先のことだし、全く新しい療法を試してみようと思いました。助けたい一心であちこち探しているうち、手にした週刊誌に日本冬虫夏草の記事を見つけました。そして早速試すことになったのです。

 身内にガンの人がいる場合、自分も遺伝しているのではないかと気になります。それまでガン細胞をきれいに掃除できていたはずが、行き届かなくなる年齢、つまり免疫装置が弱ってくる時期が巡ってくるのかもしれません。身内の病歴を参考にしながら、予想される発症年齢のせめて2年前から気を付けなければと思います。

 たとえば免疫を上げる食事療法や、よく眠ることを心掛ける。そのためには心配事は作れないし、寝ずに働くような生活も避ける。余裕のある暮らしに整えておかなくてはなりません。なかなか難しいことですけどね。免疫を上げてくれる決定的なものが側にあれば心強いです。


 日本冬虫夏草を飲み始めたのは8月22日からです。40日余りを経て、10月3日には孫の結婚式に普通に出席しました。それから4日後の10月7日に検査のため病院に行きました。

 すると、先生は胃カメラで胃壁を眺めながら言ったのです。『変だ、おかしい。確かにここにあったはずだ。影も形もない』。病院の治療は一切無いのにわずか1ヶ月半の間に患部が消失していたのです」

朝日ウィル(北燈社)1997年2月4日号より

 

         【経緯】

1993年8月  

胃ガンと分かる

8月22日
日本冬虫夏草を飲み始める。
10月3日
孫の結婚式に出席。
10月7日
胃カメラで検査、患部消失。

 

 


 「あの時、先生から『何かやりましたか?何か飲みましたか?』と尋ねられたのを覚えています。面倒を避けるため、『何も飲んでいませんよ』と答えています。何処を探してもガンは見当たらないし、特別な療法もやって無いと言うわけだから、『おかしいなー。へんだなー』と納得できないご様子でした。
 

 母はガンが消失してから11年目、今年で90歳になりました。腰は曲がりましたが、身の回りのことはだいたい自分でやっています。あれから再発もなく食事もしっかりとっています。000055-b.jpg
 5年程前に『実はあの時胃ガンだったんだよ』と本人に告げました。すると母は『あらそう』と言っただけで全く驚くことはありませんでした。今はもうそのことを忘れているのではと思います(笑)。100歳目指してこれからも元気でいて欲しいですね」

2003年10月4日息子さんの訪問より

 

 「母は、2007年の1月30日に他界しました。94歳でした。咳無し熱無しの肺炎でした。1ヶ月ほど入院しましたが、苦しむことなくすーっと旅立ちました。直前まで楽しく会話もしてたのです。母にも家族にも大変満足な最期でした」

2009年11月12日息子さんのお話より

竹下君子さん(仮名・62歳)の場合

000056-a.jpg 我が国に生息する日本冬虫夏草の種類は300余り。真夏に採集の最盛期がやってきます。2001年8月2日。フトクビタケという種類を求めて朝日連峰に入りました。フトクビタケは「抗ウィルスタンパク」というヒトにはない自然免疫が備わった昆虫を養分にして育ちます。この珍しい種を発見するのは、大きな山で一本の縫い針を拾うに等しく、採集のポイントである谷に下ろうとした時、このところの大雨でがけ崩れが起きて、すっかり道が消えていました。

 仕方なく迂回することになり、場所を選んで草木をロープ代わりに、そろりそろりと降りていきました。ようやく谷底という時、最後に握ったブナの小木に目をやると、その枝に目的のフトクビタケがピタリとくっついてるではないですか。このような運命的な出会いは、これまで幾度かありました。原生林の深山の中にあって、そこだけは光の差し込む明るい空間となってヒンヤリと澄んだ風が吹き抜け、3ミリ程のその小さなキノコは、ただひっそりと暮らしていたんでしょう。それを思うと手を合わせずにはいられません。

 2001年同日、胃がんの疑い有りとされた竹下君子さん(仮名・62歳)は、精密検査の報告を待っていました。

 「結果が出る前に、いたたまれなくなって矢萩さんに電話をしたんです。そしたら採集に成功した話をしてくれて、途端に心強くなりました。結果 は胃がんの中でも最もタチの悪いスキルがん。がん細胞が粘膜下層を越えて胃の外側まで速いスピードで浸潤していく病気です。日本冬虫夏草のことは以前から知っていました。主人がこれまで3年間飲み続けていましたからね。主人は、肉体的にも精神的にもかなり過酷な職業についていて、年齢的なこともありますし、体のことを思って始めたようです。そしてこの3年間は、本当に病気らしい病気は何一つせず元気でやってこれました。でも私は1滴も飲むことはなかったのです。病名を告げられると、もはや恐怖感は消えて、開き直って、手術は1か月後だから、それまで自分のできることをやろうという気持ちになっていました。

 この数か月というもの、主人に今までにはないほど大きな仕事が入って、私も気苦労の多い毎日を送っていました。7月の末。食欲はあって食事もおいしいんだけど、なんとなく痩せてきて、夏痩せにしてはおかしいなと思って検査したのです。痛みは全くありませんでした。8月2日から日本冬虫夏草は毎日700cc~1050CC飲みました。相変わらず痛みは全くなく、食事もおいしいまま、9月2日。手術の日を迎えました。全摘した胃は、家族が確かめた上で詳細に検査しました。噴門に近いところにシコリがあって、胃を輪切りにして細胞検査をしていくと、がん細胞の自然死とみられるところが見つかったそうです。そして胃の外側への転移は無かったのです。術後、抗がん剤治療を2クール受けました。それ以外の治療は一切やってません。白血球が減り、戻るまで2週間かかりました。

 先生は、抗がん剤で一旦がんをたたいても、いずれ再発や転移は避けられないことに苦悩なさっていたようでした。私の飲んでいる日本冬虫夏草には好意的で、『どんどん飲んでください』と言ってました。日本冬虫夏草はいつも抵抗なくスッと体に入っていく感じで、水のように飲めました。娘は私のために病気や治療法についてずいぶんと勉強したようです。専門用語で先生と会話してたぐらいでしたから。病院側に余計な緊張をさせてしまったかもしれません。でも娘の真剣な思いは伝わったようでした。

 2001年12月現在、血液は正常、腫瘍マーカーも正常値を維持しています。お米はお粥ではなく普通 に炊いて、時間をかけて食べています。日本冬虫夏草も続けています」

 同年12月21日、朝食時に竹下さん宅を訪ねると、彼女は納豆かけご飯をおいしそうに頬張っていました。本当に胃を失った人?『これから東京に出張なの』とニコニコと嬉しそうに話すのを聞いて『大丈夫?』と心配したほどです。

 自然治癒力の弱まった人が森の力を借りてよみがえる。古代から延々と受け継がれてきた方法です。薬害事件のニュースにいとまがない昨今において原点に立ち返り、森が受け入れてくれる限り、今年もヒントをもらいに出かけていきたいと思います。

朝日ウィル(北燈社)2002年1月21日号より

 

 「手術から再発もなく元気に1年3ヶ月が経過しました。この度の血液検査でも数値はすべて正常値。手術の前から飲み始めた日本冬虫夏草は休むことなく現在も続けています」 お顔の血色もとても良く、お元気な姿を拝見しました。         

2003年12月4日

Aさんの場合

ガン細胞が全く消失してしまったという事例が、また今月ありました。  

 60代後半の胃癌の男性でした。手術の準備も整えましたが、内視鏡検査をしたところ、見事胃癌ステージⅣはきれいに治っていたのです。精密検査でも全く消失していて、ご本人は顔色も良くなっていました。 ※胃癌の原因 胃癌の原因としてはピロリ菌のほかに、ストレス、睡眠不足、タバコ、飲酒、遺伝的なものなどがありますが、職業病と考えられるものも多く挙げられます。

 この男性は長い間会社のトップとして仕事をしてきましたから、胃癌の原因になるような毎日を続けていたのです。手術前の45日間は諸々の整理で忙しく、日本冬虫夏草を熱心に飲むぐらいしかできなかったそうです。ようやくトップから降りて普通 の生活を始め、心理的にリラックスできたのも幸いだったと思われます。この方の場合もまたもやと思いましたが、胃癌の消失や手術後の再発防止などに日本冬虫夏草が大きく関与している事実は、今回の例に限らずこれまでたくさん経験しています。

 昨年9月29日、広島市で開催の日本癌学会で発表された「ピロリ菌の除菌で胃癌を大幅に抑制」した研究でも、ピロリ菌は胃癌発生の原因になっていることが証明されていました。特に注目したいのは、胃癌発生はピロリ菌繁殖が原因の一つではありますが、悪化させていくのは常々の生活の不摂生や発癌性のある物の飲食吸引を続けていたり、公害や農薬害など危険なものが大きく関与していました。しかし、自然界はよくしたもので、悪いものを分解するものも多く存在しているのです。

朝日ウィル(北燈社)2000年3月号より

65歳の女性の場合

 先日、仙台市在住の65歳の女性から手紙が届きました。30年以上胃の中で消えなかったポリープが、今年になって突然消えたという内容でした。ポリープといえども1bくらいの大きさだと表面 はつるりとしていますが、大きくなるとざらざらして複数に増えたり、さらに成長すると悪性に変わるのであなどれません。
幸い彼女のポリープは、そのままおとなしくしてくれていたようです。  
 67年、大学病院での検査で8mm大のポリープが見つかりました。85年のガン検診でも同様。98年に角田胃腸科内科クリニックで行った検査でも相変わらず8mm大のままでした。ところが今年の2月に同病院で行った検査では、跡形もなく消失していたのです。

 私の友人に、長年持っていた胃のポリープが悪性に変わり、抗ガン剤治療の末、苦しんで亡くなった女性がいます。生きていれば前出の女性と同じ65歳。二人の女性の明暗を分けたのは一体なんだったのか、考えずにはいられません。

 亡くなった友人は、忍耐強く、すべてをひとりで背負い込むような性格でした。新しい事業を始め、ローンで家を建てた後、腎臓病の夫の看病に入ります。その頃と悪性に変化した時期とが重なります。そして持ち前の気力と忍耐で抗ガン剤治療の副作用にも耐えました。2月に新潟市で開催された日本胃癌学会で「抗ガン剤が新たなガンを発生させる」(※読売新聞、毎日新聞記事)ことが今さらながら示されました。以前から指摘されていましたが医療の現場にはなかなか反映されてないのが現状です。  

 この度ポリープが消失した女性の手紙を許可を得たので紹介いたします。
「具合が悪い、調子が悪い、あちこち本当に毎日不調の日々が続いておりました。治るようにと祈りながら、日本冬虫夏草を一生懸命飲みました。1年間は少しずつ飲み続けたように思います。32年間も胃の中にあったポリープが1年4ヵ月で消えるとは日本冬虫夏草のお陰より他に考えられません。現在はすっきりで体調も良好です。これから加齢と共に体の変調も多々ある事と思います。その時はがんばらずに、日本冬虫夏草と共にゆっくり体を休めておいしい食べ物を感謝を込めていただき、心静かに過ごしたいと思います」。

朝日ウィル(北燈社)2000年4月4日号より

 


※読売新聞(2000.2.18)記事 術後の抗がん剤治療、2次がん誘発説


胃癌患者対象に追跡 大阪大講師調査

 胃がんの手術後に 抗がん剤治療を行うと、新たながん(二次がん)の発生率が高まることが、大阪大医学部の藤本二郎講師(外科)の調査で分かり、19日、新潟市で開催中の日本胃癌学会で発表される。がん治療の成績向上で、元のがんが治った後の新たながん発症が増えており、抗がん剤治療のあり方を巡り議論を呼びそうだ。

 阪大では、1975年から81年まで、比較的早期の胃がん患者159人を対象に、手術だけを行う場合と手術後に抗がん剤治療を行う2グループに無作為に分け、治療効果を比べる臨床試験を実施。5年後の患者の生存率は、それぞれ76%、74%と同等だった。

 さらに昨年まで18年以上、調査を続けたところ、白血病や肺がんなど二次がんの発生率は、手術だけの場合の6%に対し、抗がん剤治療を行った場合は16%と高かった。

 使用した抗がん剤は、胃がんの手術後によく使われるマイトマイシンCと、フッ化ピリミジン系と呼ばれる薬剤。このうちマイトマイシンCは、世界保険機構の下部組織、国債がん研究機関が「発がん性の可能性がある」としている。

 藤本講師は「抗がん剤の発がん性が示された。比較的早期の胃がんは、手術後に抗がん剤を使っても治療成績が良くならないのに、二次がんは増えるので、使用しない方がよいのではないか」と話している。

 また、大阪府立成人病センターなど7移設が、共同で計約570人に同様の試験を行い、8年間調査したところ、二次がん発生率は手術後に抗がん剤治療をした場合、手術だけの時の1.6倍だった。ただ統計上、意味のある差ではなかった。この結果も含めて、同学会で発表者たちが討論する。


※毎日新聞(2000.2.19)記事 病状別に素案公表、免疫化学療法にも疑問符


 ガイドラインは治療法のばらつきを減らし、全国どの病院でも高水準の医療を確保することが目的。標準的な治療かどうかを患者が判断できるようにし、医師と患者の相互理解を進める狙いもある。今後、患者向けに分かりやすく書き直したガイドラインも作る。

 案では、日本各地で実施中のさまざまな治療を「日常診療として推奨するべき治療法」と「効果の評価が確立していない治療法」に分類。実施中の治療法でも、「評価未確立」とさえ言えないほど効果があいまいなものは、いずれからも外れた。「日常診療」では、初期の小さながんには内視鏡手術、中程度の進行度なら胃の3分の2以上と周辺のリンパ節を切除する手術などが推薦されている。

 手術後の抗がん剤治療については、学会が実施した全国アンケートで、一般病院の77%が「原則として実施する」と回答。再発が心配だからとにかく使うとの考え方だが、案は「延命効果の証拠は乏しい」と指摘。効果の有無を調べる段階とし、「漠然とした投与を慎み、臨床試験として施行するのが望ましい」とした。

 薬で免疫力を向上させる「免疫化学療法」は、「延命に寄与したという報告もあるが、多数の否定的な報告がある」とし、有効性を認めなかった。

 目に見えない転移に対処するため、胃以外のがんのない臓器も切り取る「予防的拡大手術」は早期がんでは有効とは認められず、進行がんでは「評価未確立」とされた。


 最近は 癌についても、無理をして副作用で正常細胞をも痛めつけ、ガマンガマンで行う方法に対しての多くの疑問が少しずつ検討されはじめているようです。  

 2年ほど前にシリーズで紹介した姉崎トクエさん(当時92歳)は、今冬も豪雪の中の3世代の暖かな家庭で守られました。

 近頃は2~3ヵ月に一度の割りで腹水を抜きましたが、痛みなどはなく、94歳と6ヵ月になりました。32回で紹介した内容は、平成8年の春に卵巣に悪性腫瘍が見つかり、自分でも触って分かるほどでしたが、高齢のため手術も化学療法も放射線でも治療できないので、日本冬虫夏草を飲んで休んでいた、というものでした。

 やがて腹水が溜まるようになり、9年の夏に1回、10年の夏にも1回抜きました。その後は間が近くなりましたが、それでも5年間に11回抜いただけでした。散歩をしたり、道端の山菜を採ったり、冬場は自分の綿入れ着物を縫っていたそうです。「いつかは死ぬ のだから、どこも痛くないし、枯れ木のように倒れたら良いよ」10人も子どもを産んだ94歳の人生の味の深い言葉です。この女性と一緒に写 真を撮りましたので、百聞は一見にしかずといいますが、元気な様をご覧ください。

朝日ウィル(北燈社)1997年4月4日号より

Bさんの場合

 94年に「世の中にこんなこともあるのか」と私も嘆いた電話を忘れられません。 長男と末の娘が同時に発癌したという母親からの電話でした。

 末の娘は当時32歳。子供を生んでいないとかで、多分独身だったろうと思いますが、胃を全摘したのです。そのときは肝臓もやられており、化学療法剤で苦しみ、飲むことも食べることも困難なうちに逝くなってしまったのです。

 長男は背髄にからみつくように癌があるため手術はできず、抗癌剤が使われました。しかし末妹が苦しみの末に死んでしまった結果 を見て、自分は抗癌剤はやらないことにしました。そしてワラにもすがる思いで日本冬虫夏草を飲みました。水筒に詰めて出先まで持参しても飲み続けたのです。

 96年に母親から次のようなハガキをいただきました。「実は息子は88年に発癌していて2年前から、つまり発癌2年目から日本冬虫夏草を飲み始めました。昨年夏には腫瘍マーカーAFPが4000もありました。それが96年7月の検査結果 は160になったのです。大学病院の先生も著効だと驚いております。息子は体調もよく生活しております。...」そのあと父親の大腸にポリープが見つかり(96年)、内視鏡で摘出しました。その2ヶ月後の検査では異常なしで、現在も元気です。

 99年12月に元気で働いていると電話があったとき、「大学病院から検査に来るようにと度々電話があるが、息子はどうしても行かないというのです。今年の5月にも、元気で働いているし食欲もあるから検査はしたくない」という電話でした。毎晩お酒を少したしなむのはよいのですが、タバコは今すぐやめてください、と言いました。発病から12年が過ぎ、彼は43才になっていました。科学者が口にすべきでない不思議なお話の一つです。

【あとがき】
病気になったとき、本人や家族がかかえる不安と動揺ははかり知れません。できることなら静かな気持ちでより良い治療を選択し、原因をつきとめ、生活改善にも取り組んでほしい。そのためには、同じ病気になった人はどのような医療を受け、どのような経緯を辿るのかをよく知ることが前提となるはずです。そのような思いから、自らの経験が役立つのならと貴重な情報を寄せてくださった方々です。特定の治療を推奨したり、特定の治療を否定するものではございません。
体験談の虚偽記載は一切ございません。

当研究所の技術を真似た偽造品やコピー品にご注意下さい。

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