腎盂ガン
田辺裕一さん(仮名)の場合
「私は長い間、病気とは無関係な人間と思っていました。会社の健康診断ではいつも満点、言うことなし。たった一度だけ、単身赴任中に高脂血症の一歩手前と注意された時も脂っこいものや魚卵類・鶏卵を控え、ウォーキングを続けることですぐに数値が戻りました。タバコが止められなくてもそんなことぐらいではびくともしない、他の人とは体のできが違うんだという自信過剰なところがありました。
その自信が揺らぎ始めたのは60歳の時、2000年の暮れ、友人の送別会に出席した時のことでした。私はビールを飲みながら、話に夢中になり、長いことトイレを我慢してました。ようやく席を立ってトイレに行くと、おしっこが赤く染まっているのです。どういう色かといったら、郵便ポストの色。『ずいぶん酔っ払ったもんだな。こんなに眼がおかしくなっちゃって』と思い、天井のライトを見上げればそれはいつもと変わらぬ色。ようやく異変に気付きました。
それでも血尿は翌日には治まっていて、その後かすかな出血が2日続いてそれっきり。病院で検査してもなかなか原因が分かりません。右の腎臓に豆粒ぐらいの腫瘍があると分かったのは年が明けた2001年1月19日のこと。右の腎臓から尿管にかけて全摘手術をすすめられました。それを聞いた兄は慌てて酵素という飲みものを抱えてやって来ました。精神的にずいぶん弱っていた私は兄の提案に勇気をもらい、酵素を飲み始めました。
手術は2001年2月26日に行いました。細胞を調べると悪性度がレベル2で、最終的な病名は右腎孟ガンとなりました。その後は3ヶ月かけて3クールの抗ガン剤治療を受けました。薬の副作用で髪の毛は若干抜けたものの食欲もそこそこで、術後の回復は早く、周囲を驚かせました。酵素飲料は6月まで続けていましたが、とても甘いものでしたし、検査で血糖値が高く出たことで続けることが出来なくなりました。それと入れ替わるように隣のベッドの患者さんの話に励まされて、アガリクスの粉末を飲むことにしました。
入院中、主治医に「やっぱりタバコは止めた方がいいんでしょうね」と尋ねたことがあります。すると「私も吸ってるから何とも言えないよ」という返事。そのまま毎日喫煙室に通い続けました。ちょっと前まで世の中はタバコには寛容で、病院の食堂でも患者が堂々と吸ってました。タバコを取り巻く環境がガラリと変わったのはここ2、3年のことと思います。
主治医は退院する際も、『お酒やビールは少しなら大丈夫。何を食べても構わないよ』と言ってくれました。それとは対照的に後に訪れた漢方薬局では、タバコはもちろんアルコール類はダメ、動物性の脂肪や肉類は止めて、穀類を中心とした食事にするなど厳しいアドバイスで、私はこの際できる限り摂生してみようという気持ちになり、主食は白米から、玄米を1/2と1分づきを1/2混ぜたものに替え、タバコは2001年8月13日にスッパリと止めました。
病院では、いずれ膀胱に転移することを想定してるようでした。そして手術から11ヶ月後、膀胱に4個のポリープが現れました。電気メスで患部を切除し、抗ガン剤を4クール膀胱内に注入する治療を行いました。続けていたアガリクスの粉末はこの頃に止め、煎じて飲む乾燥アガリクスと、13種類の生薬を組み合わせた漢方薬に替えています。その漢方薬は有名な政治家も飲んでいるとのことでした。松葉、クマ笹、朝鮮人参も飲み始めています。
そしてそのポリープからわずか5ヶ月後、今度は膀胱内にカリフラワー状の悪性腫瘍が見つかったのです。膀胱ガンです。これは再発の間隔がだんだん縮まっていくという話を聞きました。なんとかこの間隔を伸ばせないものか。できれば再発の心配なく暮らしたい。そんな頃出会ったのが日本冬虫夏草でした。
朝日ウィル(北燈社)2005年11月8日号より
| 【経緯】 | |
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1997年
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人間ドックでC型肝炎ウィルスのキャリアーだと知るが、たいしたことではないと思ったし、自覚症状もなく、以降手術をするまで全く忘れて暮らすこ とに。 |
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12月20日
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友人の送別会に出席、血尿が出る。 |
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12月21日
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血尿止まる。 |
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12月22日
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かすかに血尿。 |
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12月23日
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かすかに血尿。それ以降血尿なし。 |
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2001年
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1月19日
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右の腎臓に豆粒大の腫瘍見つかる。 |
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1月28日
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酵素飲み始める。 |
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1月30日
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入院。 |
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2月26日
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右の腎臓から尿管まで全摘手術。術後、抗ガン剤治療4クール。 |
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3月15日
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細胞検査の結果出る。腫瘍はレベル2の悪性で、病名は右腎孟ガンとなる。 |
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6月21日
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血糖値上昇。酵素止める。アガリクス粉末を飲み始める。 |
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6月30日
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退院。 |
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8月13日
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タバコを止める。主食を玄米1/2、1分づき1/2の混合米にする。 |
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2002年
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1月
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膀胱にポリープ4個現れる。 |
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2月4日
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電気メスで手術。 |
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2月23日
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漢方薬(13種の生薬)を飲み始める。 |
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3月16日
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アガリクス粉末止める。 |
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3月17日
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乾燥アガリクスを煎じて飲むものに替える。 |
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3月22日
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松葉、クマ笹、朝鮮人参を飲み始める。 |
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6月20日
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膀胱ガンが見つかる。 |
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6月24日
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日本冬虫夏草を飲み始める。 |
「膀胱ガンの手術は2002年7月1日のこと。カリフラワー状の腫瘍をひとつ電気メスで切除しました。その後BCGを膀胱内に注入する治療を受けています。これは計6回の注入で、1回終わるごとに7日間の休みを入れてひと月半かけて行うのです。事前に、主治医からは『この治療のリスクは、耐性を持ったガン細胞がしばらくして出てくるという可能性があることです。このたちの悪いガンが現れたら大変です』という話がありました。ただ、排尿痛や白血球上昇といった治療中の副作用は全く現れませんでした。日本冬虫夏草は手術の前から飲み続けていました。煎じて飲む乾燥アガリクスと漢方薬、松葉、クマ笹、朝鮮人参はそのまま継続していました。
退院してからは、リフレッシュするつもりで玉川温泉に出かけ、3日間のんびりと過ごしました。森林浴もできました。再発のことなど考えないで暮らせたらどんなにいいだろうと思いましたが、主治医は私以上に常に再発を気にかけているようでした。検査も頻繁にありますから病気のことを思い出さないわけにはいきません。
その後は2年余り再発なく過ごしました。途中、ゴマ粒ぐらいのイボが出たり、ポリープが現れたりはしたもののいづれもガン細胞が出てくることはなく、そろそろガンとは縁が切れたかなと思い始めた矢先のこと。2004年8月12日、短い縫糸のようなものが現れ、とうとうガン細胞が見つかったのです。9月には、波状放射状に急速に広がっていく、悪性度が最高レベルであるグレード3の膀胱上皮ガンと診断されました。前回の腫瘍はつまめば取れるものでしたから、横にどんどん這っていく今回のものとは人相がまるで違います。
病院の治療を一切やらずに消失
治療法をどうするか、じっくりと話し合うことになりました。私は、2002年にポリープ切除後、抗ガン剤を注入し、5ヶ月後に膀胱ガンになっているので、その頃から『抗ガン剤の治療はもうやりたくない』と断っていました。BCG注入後も、結果的このようになっているので、それも選択しにくい。そうなると膀胱そのものを摘出する手術しか残っていません。乾燥アガリクスや漢方薬も止めていましたし、もう何もかも頭にきて日本冬虫夏草も止めようと思いました。
それでもキッパリ止めてしまう前に、種類の全く違うトサカイモムシタケを、これまで飲んでいた知名度の高いハナサナギタケに加えて飲んでみようという気持ちになったのです。日本冬虫夏草は国内に350種以上生息するといわれています。松葉、クマ笹、朝鮮人参も続けることにしました。手術まで2ヶ月あります。その間、病院の治療は一切ありません。
2004年12月13日、膀胱の摘出手術を行いました。摘出部はすぐに細胞検査にまわされました。そしてその結果は驚くべきものでした。どこを探してもガン細胞が見つからないというのです。探しても探してもどこにも無いということです。それから検査は続けてますが、ガン細胞がどこかに現れるということもありません。
そもそも発ガンの原因は何だったのでしょう。思い当たるのは長年の喫煙です。1日25本、40年間休まず吸い続けてきたのです。タバコを止めたからといって、すぐに発ガンのリスクが消えるものでないのも分かっています。ただ仕事の面では週に2日ほど職場に出かける程度ですから、ここ5年間は無理をせず、のんびり暮らせたのはとても良かったと思います。食事は、自家栽培の野菜をたくさん食べるようになりました。農薬をほとんど使用せず、有機肥料を使って20種類ぐらいの野菜を楽しみながら作っています。
笑うと免疫力が上がると聞いて、コメディ映画やお笑い番組を見たことがありますが、どうしても笑えない。時代劇や西部劇のような痛快活劇の方が気持ちがスカッとして私には合うのも分かりました。心にためたりしないで言いたいこと、質問したいことを病院側にズバズバ言いました。注射が得意でない医師がいれば、『ヘタクソ、自分達で練習してから出直してこい!』なんて言ったこともあります。我慢して陰で文句を言ってる患者さんがおりますが、これはお互いの為にならないと思うのです。そんな私にも病院のスタッフの皆さんはいつも親切で、丁寧でした。面倒な質問にもとことん答えてくれました。注射のヘタだった先生も、仲間内で練習していました。その先生が数年後には偉くなって戻ってきたのは、ちょっと予想外のことでした。
2005年のお正月は、大きな手術の後だけあって、養生の為、子供や孫達に遠慮してもらって妻と二人だけで過ごしました。手術では、膀胱を取り出して小腸の一部を膀胱の替わりにしました。それは月日とともに体になじんできてますが、排尿の回数はまだ多くて不便もあります。本来の膀胱がある時と完全に同じ様には戻らないのもいたしかたないことです。ガンが消失してから何事も無く、1年が経ちました。来年のお正月は子供や孫たちがやってきて、いつものように賑やかな正月となりそうです。
引き続き、体に溜めてた毒を出し、新たに体に入れないよう食事でもって浄化に務めています。松葉、クマ笹、朝鮮人参と日本冬虫夏草は現在も続けています」
朝日ウィル(北燈社)2005年12月13日号より
| 【経緯】 | |
| 2002年 | |
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6月24日
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日本冬虫夏草を飲み始める。 |
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7月1日
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膀胱ガンの手術。その後BCGの治療。 |
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7月17日
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乾燥アガリクス止める。 |
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10月15日
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テレビモニターで膀胱内壁を見る。手術跡も消え、なめらかできれい。日本冬虫夏草は飲む量を減らす。 |
| 2003年 | |
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3月20日
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膀胱の入り口が赤く腫れる。細胞検査をするが問題なし。 |
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6月29日
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手術から1年。日本冬虫夏草の量をさらに減らす。 |
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8月15日
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同じ漢方薬を飲んでた政治家が肺ガンで世を去ったことを知る。その後、漢方薬を止める。 |
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9月4日
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ゴマ粒ぐらいのイボが現れる。細胞検査するが問題なし。 |
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12月19日
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日本冬虫夏草の量を増やす。 |
| 2004年 | |
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1月15日
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3つのポリープ現れ、手術前 |
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1月26日
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血液検査、HCV(C型肝炎ウィルス)抗体陽性。3つのポリープ切除。 |
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8月12日
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短い縫糸のようなもの現れる。ガン細胞見つかり、膀胱ガンの手術から2年余りで再発。血液検査、 HCV(C型肝炎ウィルス)抗体陽性。 |
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9月10日
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通院で縫糸のようなもの切除。 |
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9月13日
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波状放射状に広がる進行の速い、悪性度が最高レベルのグレード3のガンとわかり、膀胱上皮ガンとの診断が下る。 |
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10月14日
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これまで飲んでたのは日本冬虫夏草の中のハナサナギタケという種。種類の違うトサカイモムシタケを加えて飲み始める。 |
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12月3日
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血液検査、HCV(C型肝炎ウィルス)抗体陽性。 |
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12月13日
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膀胱摘出手術。ガン細胞はどこにも見当たらず、消失。 |
「なかなか簡単にはいきませんが、病気を治す環境を作るとしたら、心を解放することと、夢を持つことのように思います。
私にとって心休まる場所がどこかといえば、森の中といえるかもしれません。森林組合が行ってる事業に山林オーナー制というものがあります。住まいの近くに1haの山林を区分し、一般の人に貸し出してる場所があり、私は年2万円の契約料で300坪の山林オーナーとなりました。
木を伐採してもいいし、小屋を建てるのも自由です。そこでナラの木を切ってキノコ栽培を始めることにしました。10年かけてキノコの森に育てていくつもりです。
森の中は、心が穏やかになり、免疫力が高まるように思います。そして自然の中で育った採れたてのキノコを食べ、さらに元気をもらうつもりでいます。私の夢も広がります」
森の中を散策することは、病気を防ぎ、健康を保つ効果があるとして、自然療法の1つとして確立され、健康保険の中に組み込んでる国があります。森林療法セラピーの先進国はドイツです。日本でも森林の効力を軽視できなくなり、林野庁等によって全国31カ所の候補地の中から『森林セラピー基地』の選定が始まりました。
2006年2月16日に、血液、尿、レントゲン、CT検査を行いました。レントゲン検査は、結核の検査で使用している簡単なものではなく、全身を写せる大がかりなものです。
(1)あおむけにレントゲン撮影
↓
(2)造影剤投与
↓
(3)CT撮影
↓
(4)再びレントゲン撮影の行程 で行いました。
1ヶ月後、その結果を聞きに行きました。どこにも異常は認められず、何も心配ないとのことでした。この冬も一度も風邪をひくことなく、元気で過ごせました」
2006年3月20日のお電話より
「2004年12月の手術から再発、転移もなく、2年半が経とうとしています。5年を目標にしていますので、折り返し地点にちょうど立ったところです。その最後の手術からは、日本冬虫夏草は量を減らさず毎日続けてきました。キノコの森作りは着実に進行していまして、ナメコ、シイタケ、マイタケの植菌を済ませ、この秋初めての収穫となります」
2007年5月12日のお電話より
C型肝炎ウィルスが自然消滅
「1997年に人間ドックに入って血液検査をした時、C型肝炎ウィルスに感染していることを知りました。いつ感染したのかは不明です。たいしたことではないと思ったし、それまでも、それ以降も自覚症状は全くなかったものですから、すっかり忘れて暮らしてきました。
でも2002年の膀胱ガンの手術日には、手術の順番が最後に回され、C型肝炎ウィルスのキャリアーだったことを思い知らされました。私を最後に手術するのは他の人に感染させないようにという病院側の配慮だったわけです。
ところが2006年の夏の人間ドックで、ウィルスが陰性と出て、2007年の夏にも同様の検査で陰性と出たのです。内科の医師は『こんなことはめったにないなぁ』と信じられない様子でした。ワンランク上の定性分析検査を行いました。現在のところこれ以上精度の高い方法はないそうです。その結果が出てきまして、やはりすべて陰性ということでした。そのデータをお送りします。膀胱ガンの手術でガン細胞が消失しているのを確認してからまもなく3年が経とうとしています。食事療法をしながら、松葉、クマ笹、朝鮮人参と日本冬虫夏草は今も続けています」
2007年10月15日のお電話より
田辺裕一さんのHCV抗体検査の推移
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検体(血液)採取日
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HCV(C型肝炎ウイルス)抗体
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1997年日付不明
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陽性
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人間ドック
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2004年1月15日
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陽性
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手術前検査
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8月12日
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陽性
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手術前検査
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12月3日
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陽性
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手術前検査
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2006年8月10日
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陰性
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人間ドック
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2007年8月6日
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陰性
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人間ドック
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9月18日
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陰性
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最終確認
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「再発なく無事に4年が経とうとしています。手作りのキノコの森でなめこを収穫しました。稔りの秋を楽しんでいます」
2008年11月4日のお電話より
「2月3日のCT検査でも異常なし、2月10日の血液検査と膀胱鏡検査でも異常なしでガン細胞の消失から何事もなく無事に4年2ヶ月が経ちました。日本冬虫夏草も変わらず続けています」
2009年2月12日のお電話より
「ガンを経験し、自分の健康を考えた時、自分の口に入る野菜は自分で作ろうと思いました。虫が付いてもいいから無農薬で。野菜作りをするようになって毎日張り合いと楽しみが生まれました。この気持ちが免疫力を高めるのに一役かってくれてるようです。
退職して『今日は何をしていいかわからない』という人がいます。それはもったいないことと思います。野菜作りは今日はこの作業、明日はこの作業、と次々とやることが出てきます。
でも年齢とともに手入れする面積を縮小することが必要と思っています。同じようにやり続ければ必ず無理をします。それでは健康のために始めたのにもとも子もありません。
12月13日で膀胱ガンの消失から5年、C型肝炎ウィルスの自然消滅から2年、何事もなく過ぎました。病院からは、検査の間隔を2倍に延ばされました。今後は日本冬虫夏草の量を1/2に減らして続けていくつもりです。ますます元気に過ごしております」
2009年12月29日 のお電話より
「私がガンになった時、友人達は病気に無縁で元気そのもの。うらやましいと思ったものでした。それからというもの私は健康のために努力を続けてきました。今は、痛いところも悪いところも何もありません。幸せな毎日です。一方、元気だった友人達は皆、体のあちこちが悪いとボヤいています。彼らは体に自信があって努力するきっかけが無かった人達。努力の差は長い年月をかけるとはっきり出てくるものなんですね。努力というのはこわいものです。
膀胱ガンの消失から5年半、C型肝炎ウィルスの自然消滅から2年半、再発なく元気に経過しました。 日本冬虫夏草は今も続けています」
2010年6月22日のお話より
「この度の検査でどこにも異常が無く、この12月で膀胱ガンの消失から7年が経とうとしています。C型肝炎ウイルスの自然消滅からは4年が経ちました。この頃は年に4回の検査を続けていましたが、『これからは、年に1回(CT、膀胱鏡、血液検査)にしましょう』と言われました。来年の9月13日に予約を入れてきました。
無農薬、有機肥料の野菜作りを続けています。食べてくれる友人達は『甘くて、特別旨いよ!』と絶賛してくれます。孫達も野菜嫌いの者はおらず、バクバク食べてくれます。私の食生活は完全和食です。鶏肉をたまにはいただくことがありますが、それ以外のお肉は全く口にしません。薬を使わない採れたての新鮮野菜と完全和食が、私に正常な細胞1コ1コを作ってくれてると思っています。日本冬虫夏草も続けています」
2011年10月1日のお話より
【あとがき】
病気になったとき、本人や家族がかかえる不安と動揺ははかり知れません。できることなら静かな気持ちでより良い治療を選択し、原因をつきとめ、生活改善にも取り組んでほしい。そのためには、同じ病気になったヒトはどのような医療を受け、どのような経緯を辿るのかをよく知ることが前提となるはずです。そのような思いから、自らの経験が役立つのならと貴重な情報を寄せてくださった方々です。特定の治療を否定したり、特定の商品について推奨するものではございません。
体験談の虚偽記載は一切ございません。


