膵臓がん・膵に影・膵臓がんの疑い

膵臓がんを自然消失された方のお話も含まれています。冬虫夏草や自然療法、代替療法にご興味のある方々です。

眞壁秀夫さんの場合

※前立腺、膵臓がんは中盤。肺がん、乳がんのお話は末尾にございます。

 「私はもともと胃が弱く、疲れると痔になりやすい体質でした。2001年4月から出血が始まり、いつもの痔と思って暮らしていました。でも一向に良くならないんです。近くの総合病院で診てもらうとあっさり何ともないと言われてしまって。それから釈然としないまま4ヶ月が経過しました。痛みは全くないのですが、出血はさらにひどくなっていきました。

000044-a.jpg 8月30日。いよいよ県内でも有名な肛門科の個人病院で診てもらうことにしました。そこは18年前に痔の手術をしたところでもありました。内視鏡で調べてもらったらモニターに一瞬やけどのただれのような部分が映ったんです。内視鏡はゆっくり移動して、腸壁をモニターに映し出していきますが、どういうわけか肝心な部分にさしかかると先生はさりげなくサササーッとスピードを上げちゃうんですよね(笑)。これは見逃しちゃいけないと思ってね、私も必死です。問題の部分は赤黒く変色していて周囲が白くなっているのが分かりました。細胞検査もやって、すぐに大学病院を紹介されました。

 6日後。個人病院の検査をもとに、大学病院でようやく直腸がんの診断が下りました。『手術で開いてみて、患部が肛門に近ければ人工肛門になるよ』と言われました。
手術までは1ヵ月以上あるので、自宅でやれることはやってみようと思いました。日本冬虫夏草を飲み始めたのは翌日からです。腸に負担をかけないよう、主食をモチ米質の少ない粘り気のない米に切り替えることにしました。それはキヨニシキという銘柄で無農薬無肥料米。日本冬虫夏草の浣腸もやってみました。そして出血量が徐々に減っていくこととなり、開始から25日目、ピタリと止まったのです。それ以降出血は全くありません。

 私はこの病気を機に、体の変化についてメモをとるようになりました。

 

2001年4月
出血が見られるようになり、総合病院で検査するが問題ないとのこと。
8月30日
再び個人病院での検査後、大学病院を紹介される。
9月5日
大学病院では直腸がんの診断。
9月6日
日本冬虫夏草を飲み始める。日本冬虫夏草の浣腸を思いついて試してみる。膿みたいなものが出てくる。
9月8日
胃の弱いのが気になっていたが、負担が無いようだ。
9月9日
なんとなく調子がよい。足がポッカポッカと温かくなる。まるで湯たんぽをあててるようだ。夜はすぐに熟睡。朝までぐっすり。
9月11日
便器いっぱい真っ赤になってたのが、出血が減って真っ赤な血が便に薄くつく程度になった。
9月17日
便が黄金色になってきた。便には赤茶色の血のスジが入る程度。
9月27日
腸に負担をかけないよう、粘り気のないキヨニシキという 銘柄の無農薬無肥料米を主食にする。
10月1日
キヨニシキを食べてから5日目。便に血のスジもなくなった。
10月3日
入院。相変わらず出血はない。以後出血はなし。主治医は日本冬虫夏草もキヨニシキも自由にやってくださいと言う。


000044-b.jpg 10月15日に手術。人工肛門は避けることができました。以前、身内がこの同じ病院で大腸がんの手術をした際、摘出した部分を見せてもらったことがありました。患部は黒ずんだ紫色で、500g~800gはあったでしょうか。両手でないと収まりきれない量でした。今回はどういうわけか、摘出した部分は家族の誰にも見せてくれませんでした。何センチ切ったのかもわかりません。赤黒くただれていた部分がどう変化したか見たかったですね。

 

前立腺に異常発見!消失!

   手術から5日目。残尿検査を受けていると、CTに影が映ったことがありました。前立腺のところです。腫瘍マーカーは6.5の異常値。あせって日本冬虫夏草の量を増やして毎日700cc~1050cc飲みました。1週間して再びCTを撮ると、今度は影は消失していてマーカーも2.5の正常値。先生は『あれっー。不思議だねー』とずいぶん驚いていました。すぐに『眞壁さん、何飲んだの?』と聞いてくるから、私はドキッとしてとっさに、この泌尿器科の先生には『何も飲んでません』と答えてしまいました。そしてこの2枚の写真のコピーをいただきたいと申し出ると、『病院間でのやり取りで必要があれば出すけど、それ以外はお渡しできない決まりになっています』と断られました。写真を見れば変化が一目瞭然なので、皆さんにお見せできないのが残念です。

 

10月15日 
手術。人工肛門を免れる。
10月20日 
前立腺の腫瘍マーカー6.5の異常値で、CT検査で影が見つかる。日本 冬虫夏草の量を2〜3倍に増やす。
10月27日 
腫瘍マーカーは2.5の正常値に下がり、CTの画像から影が消失。3年 越しの低温やけどの患部がきれいに治る。

  それからもう一つ、不思議なことがありました。私は3年前にカイロで低温やけどを負っていました。足の患部はそれからずっと炎症が治まらないままだったのですが、退院する頃にはきれいに治っていたのです。

 他の治療は一切なく、手術から1年が過ぎ、長いこと悩みの種だった胃の調子も良く快便の毎日です。昨年、告知を受けた時、すぐに社長のイスを息子に譲りました。私は10年前にサラリーマンを辞めて現在の会社を興したんです。睡眠時間は毎日4~5時間。とにかく働きました。肉類が好物でよく食べていましたね。病気を治すためにそれを止めて、野菜をたっぷり摂るようにしました。お酒は4、5年前から飲んでませんし、タバコはもともと吸いません。

 仕事をやめてから体調のコントロールが利くようになりました。外に出たくない雨の日には終日家で休み、睡眠不足の日は日中自由に眠ることができるわけですから。仕事をしていたら休みたいときに休むことは不可能で、必ず無理をします。これでは自分自身を裏切ってることになりますよね。この病気は痛みがなく、働くこともできますから、あなどってしまうことが非常に怖いんです。

 

000044-c.jpg 近頃は、野菜を作ったり、魚を釣りに海に出たり、自分のペースでやっています。来年は米作りに挑戦しようかと思っています。最近、腸に良いレシピを発見しました。シシトウの佃煮です。とても良い便がでますよ」

朝日ウィル(北燈社)2002年11月19日号より


 「間もなく手術から2年になります。この度のCT、MRI、マーカー、肝機能検査ですべてが正常で、『検査の間隔を伸ばしましょう』と言われました」

2004年9月2日のお話より


 「2006年3月の検査でγ-GPT(肝の状態をみる数値:正常値0~50)が200以上あったのが、この度の検査では60まで下がっていました。その他はどこも正常で、主治医から『もう検査に来なくていいよ』と言われました。そう言われてもまた行くつもりです(笑)。

 γ-GTPの数値が気になってから、日本冬虫夏草の種類をCY42番に変えて飲みました。又、今年になってからお酢療法を始めて肩こりがなくなりました。

 1日1錠の血圧の薬(10年前から)と1日2回2錠ずつの尿酸を下げる薬(20年前から)は続けています。血圧はしばらく安定していて服用を忘れることもしばしばです。もし上昇したとしても肩のあたりが重苦しくなるのですぐ分かります。肩にサロンパスを貼ると血圧がスーッと下がるので不思議です。根を詰めることをするとどうしても血圧は上がるようです。

 自分の体とは長い付き合いなので、くせを心得ていてその都度コントロールしているつもりですが、とことんがんばってしまう性格はたまにコントロール不能となり、ここが反省するところなのでしょう」

2006年8月2日のお話より


000044-d.jpg 「ここ1年は疲れるということがありません。ゴルフに行ってもそうです。若いときの体に戻った気がします。今年は同級会がありました。自分で言うのも何ですが、級友たちは顔が皆しわくちゃで、私だけ顔がピチピチしてたので『どうなってるの?』と思いました。

 日本冬虫夏草は量を減らしながらも続けています。手術から5年が過ぎました」

2006年11月24日のお話より

 

膵管に異常発見!消失!

 「2007年4月に心臓の血管にステントを入れる手術をしました。血管が詰まって倒れたのです。心臓の薬が追加され、一日に服用する薬は7種類となりました。しばらくして、γ-GTP(肝機能数値:正常値0~50)が749まで上昇したので検査を続けていくうち、膵管狭窄と肺に影が見つかります。そしてどちらも治療なしで解決していくのですが、その経緯を報告させていただきたいと思います。

 

【経緯】
2007年4月
ステント手術。これまでの血圧と痛風の薬に心臓の薬が追加され、7種類に。
6月

γ-GTPが749まで上昇。

9月10日
 

膵臓の内部、膵管に異常発見!

 

MRIで膵管の狭窄が見つかり、医師から『ここに出るのはまずがんなんだ』と説明を受ける。
細胞を取って調べる予定。姉と弟を共に膵臓がんで亡くしている。二人とも54歳の若さだった。医師はこの点を重要視。日本冬虫夏草をこれまでと比べて多め に飲むことに。毎日350ccを1ヶ月は続ける。日本冬虫夏草のCY16番の割合も増やす。

 
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11月13日

消失!

ERP(ERCP)検査を行う。これはファイバースコープを膵管まで通して調べるもの。先端のブラシで狭窄の部分から細 胞を取ることになっていたが、膵管の狭窄がきれいに治っている。
CT写真でも異常なし。大学病院では、写真のコピーをもらうことができないので証拠になるものとして、診断書を書いてもらう。

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※画像をクリックすると大きい画像がご覧になれます。

 

 

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肺に異常発見!消失!

 

11月31日

肺に異常発見!

PET検査。右の肺に光るものが見つかった。
9月のレントゲン検査では何も写らなかったのに。
肺以外は全身異常なし。
家電屋で吸入器を購入し日本冬虫夏草の吸入も試すことに。

12月11日
旧型のCT機械で撮影。何も写らず。
12月20日
レントゲンに影が出る。
2008年1月30日
レントゲンでやはり影が写し出される。
『こういうのは間違いなくがんなんだ』と言われる。拡大してみると患部がはっきり浮き出る。それでも12月より薄くなっているようだ。3cmのモミジ形の影有り。(これは画面から外れてしまう)
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2月1日
γ-GTPは78まで低下。肝臓の薬ウルソ出される。
血液データ、その他全て異常なし。
3月12日
新型のCT機械が導入される。
やはりプチプチと影が写る。
3cmのモミジ形の影もプチプチと点となって散らばり、消えかかっているようだ。
3月26日

γ-GTPは33の正常値に。

9月16日

消失!

新型のCT機械で撮影。
プチプチが写っていない。
かすかに写っているようにも見えるが、『この程度のものならレントゲンでは全く写らない。異常なしとの診断になりますよ』と言われ。『次回またCT写してください』と申し出ると、『このように良い状態だし、CTといっても放射線を浴びることだからそれで刺激されるし、そっとしておきましょう。PETもレ ントゲンも皆放射線です。検査はこれで打ち切りです』と断られた。

 

 写真のコピーは入手不可能でしたが、意外にも『家族が心配しているので、携帯のカメラに写させてください。これを見せたら安心すると思います』と申し出ると、快くOKが出たので驚きました。割合きれいに写りましたのでメール送りました。これが証拠写真になります。それから日本冬虫夏草を飲んだことは、先生には伏せております。

 昨年来、体中をくまなく検査して全身異常なしのところまで漕ぎ着けました。安堵しているところです」

2008年9月22日のお話より

 

 「一昨年膵管狭窄が治り、昨年は肺の影が消失。それ以来変わらず元気にしています」

2009年3月4日のお話より

 

 「今年は知り合い2人が膵臓がんと乳がんになり、手術前から日本冬虫夏草を試しました。両者とも術後元気に仕事をしているというから驚いています。私は、変わらず元気にしています」

2009年12月12日のお電話より

 

知り合いが末期のすい臓がんに。末期の乳がんの女性も現れ。

 「変わらず元気に過ごしております。約一年前、知り合いが膵臓がんの末期と診断され、家族皆『もう助からない』とあきらめていたところ、『私のようなものがいるからあきらめるな』と励まし、手術前に日本冬虫夏草を飲むことになりました。
 すぐにおしっこがジャーと出てびっくりしたそうです。膵臓がんの検査では尿量が重要視されます。おまけに土色だったおしっこも無色透明になりました。

 そして、ずっと上がり続けていた腫瘍マーカーが1週間程で下がり始めたのです。吐き気も治まってごはんも食べられるようになりました。術前にはGM031_L.jpg痛みも無くなり、鎮痛剤とも縁が切れていました。それでも手術は当初のプラン通り行われました。膵臓と脾臓、十二指腸と胆のう・胆管まで全部取りました。

 それなのに現在はトラクターを運転し、農作業に励んでるというから驚きです。無理はして欲しくないですが、具合が悪かったら動けないだろうし、余程体調が良いのだと思います。病院の治療は現在何もしてないそうです。

 また、昨夏、乳がんの末期と診断された知り合いを訪ねたところ『もう助からないと』家族が泣いていました。同様に励まし、日本冬虫夏草を飲むことになりました。手術前のCT画像に変化が現れ、『何か飲んでるの?』と尋ねられました。そこで『何も飲んでません』と面倒を避けるために用意しておいた答でとぼけたそうです。術中の細胞検査で『がん細胞は陰性』と出て、術後の抗がん剤、放射線治療はスケジュールから外されました。今年2月の検査では『がんは体から無くなったよ。どこにも無いよ』と言われたそうです」

2010年4月2日のお話より

 

 「今年の夏は異常に暑かったですね。でも一切バテることなく畑仕事ができたのですから本当に不思議です。私の場合は日本冬虫夏草を飲むと体温が上がってくるようで、気温との差が縮まって暑さが気にならなくなるというか、肉体労働が全く苦にならなかったのです。そのとき蒔いた種がいよいよ育って、大根と白菜の収穫の時期となりました。味には自信があります。こんな幸せなことはないです」

2010年11月12日のお話より

 「被災された方々にいくらかでも野菜をお届けしようという思いがあって、趣味だった畑は、作物を増やし本格的になってきています。今年は、6月から暑くなりました。梅雨入りは平年より9日遅く、梅雨明けは平年より16日早くて、観測史上最も短い18日間。平年の4割の長さしか無かったようです。(梅雨期間:6/21~7/9)

8月になると30度を超える日照りが2週間ほど続きました。作物のためには、手間を惜しみません。根元に穴を開け、空気を入れてやります。その後、丹念にじょうろで水を流し込んでいきます。すぐに穴は塞がってしまうので、翌日にはまた一から始めなくてはなりません。その繰り返しです。移植ベラで根切りも行います。根を切ると根を張ろうとがんばってくれます。良い根が地面にはびこり作物が良く実るのです。

 昨年もそうでしたが、不思議なことにいくら畑で身体を動かしても疲れを全く感じないのです。畑でやることは毎日新しく出てきて、朝5時から夕方5時まで動きっぱなしの時もあります。海に出掛け、その足で畑の作業という日もあります。健康面での不安は全くありませんでした。 

 そんな中、8月12日の未明に異変が起きたのです。その日は、パジャマの上着を脱いで何も掛けず窓を開けっ放しでうっかり寝入ってしまいました。そして、40度の熱と体中の痛みで飛び起きたのです。左足も、ふくらはぎからつま先まで驚くほど腫れています。

すぐに病院に行って血液検査をすると、CRP値が19と異常値。白血球も1万を超えていました。感染症、リウマチ、通風、心臓疾患などを疑い、数日かけて消化器内科、整形外科、循環器科、皮膚科専門の個人病院と検査を受けて回りましたが、どこも悪いところが無く、原因がつかめないまま時間が経過していきました。薬剤の投与もありましたし、日本冬虫夏草もいつもより多めに飲みました。IMG_0920_SP0000.JPG

足の腫れはそのままでしたが、15日には平熱に戻り、CRP値も白血球数も下がっていきました。24日にはその数値も正常になりました。この頃には『もう病院に来なくていいから』と言われてしまいました。足の腫れもしだいに引いていきました。

 いったい何だったのでしょうね。炎天下で畑をやり過ぎたのですかね。本当は疲れてるのに疲れてる感覚が分からなくなっていたのですかね。結局この件で、CTもMRIも心電図も血液検査もさんざんやったお陰でどこも異常がないというお墨付きをいただきました。もちろんがんの心配も無いということです。自己コントロールが効かず、ついついがんばってしまう性分こそ病気ですかね。これは一生治らないかもしれません」

2011年9月1日のお話より


img020.jpg 「すこぶる元気にしております。検査データーを見て主治医が驚くほどです。『何やってんの?』と聞かれます。この頃は、腕や足に筋肉が付いたのを実感しています。畑作業で出来た筋肉です。ジムで鍛えるのと違い、畑だと野菜というご褒美が出ます。

皆、健康になりたかったら畑をやりなさい。きれいな空気と、筋トレ、ビタミン・ミネラルたっぷりの新鮮野菜。健康になるための要素が揃っています」

2012年6月20日のお話より
 

 「1000~2000坪の畑を一人でやっています。その作業に慣れるまでは大変でした。この頃は45~46才ぐらいの体に戻った気がしています。体重も4kg減って68kgです。健康を実感しております。」

2014年7月3日のお話より

 

 「2011年の夏のようにCRP値が上昇して、3月初めに発熱と下痢で緊急入院しました。コウモリの糞を掃除したのが原因かと考えています。病院の診たては原因不明。今は、元気になり、農耕に精を出しております」

2016年3月29日のお話より

文江さん(当時56歳)の場合

000061-c.jpg 「1996年3月末のことでした。微熱が続き、体がだるくてだるくてどうしようもないのです。食欲もありません。胃の辺りがドスンと重く、時々ズキーンと痛みが走りました。無理して食べると込み上げてくる感じです。つわりのような不快感といったらよいのでしょうか。近所のクリニックで処方された胃腸薬では良くなりません。

 4月に入って、赤十字病院で血液検査をすると肝機能が低下していると言われました。そこで消化器内科に移され、超音波検査とCT検査、念を入れてMRI検査も受けたのです。結果が出るのは1週間後ということでした。

 振り返るとこれまでの半年間は、大きなストレスを抱えて暮らしていました。11月には自律神経失調症からくる頭痛に悩まされ、声もかすれるようになり、2週間前からはかぜがなかなか治らず通院を繰り返していました。抗生物質も服用しました。かぜがようやく抜けてくれたかなと思った矢先、入れ替わるようにこの胃の辺りのたまらない症状です。

 改善される兆しもないまま約束の4月11日を迎え、結果を聞きに出掛けました。診察室にはすでにMRIの写真が用意されていて、そこには膵臓にくっきりと影が写し出されていました。先生はそれを見ながら図解で説明してくれて、そのときいただいた用紙がこちらになります。

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 先生は真剣なまなざしで、『これはすぐに入院してもらって、膵臓の細胞を取って調べなくてはなりません』とおっしゃるんです。私は入院と聞いてとっさに年老いた姑のことが頭に浮かび、『ちょっと考えさせてください』とだけ言って病院を後にしました。『長期間家を離れるわけにはいかないな』という気持ちでした。

 娘に相談すると『お母さん、膵臓ガンかもしれないよ』と言うんです。そして、『友達のお父さんの胃ガンが良くなって、すごく元気でいるんだけど、日本冬虫夏草というのを飲んだって聞いたよ』とも。それより以前、私は美容院に行ったとき、手にした週刊誌の中に日本冬虫夏草の記事を見つけ興味を持ったことを思い出しました。娘の言っているのは『それのことか!』とさらに興味が湧きました。

 日本冬虫夏草を飲み始めたのは4月27日からです。それを口にしたとき膵臓がピリピリするように感じ、何となく変化の予感がしました。それと同時に食生活にも気をつけるようにしました。乳製品や油っこいものは食べないことにしました。毎朝バタートーストを欠かしませんでしたが、バターを塗るのは止めました。代わりに野菜をたっぷり取るように心掛けました。具だくさんの野菜のおみそ汁を作り、毎朝いただくようにしたのです。昼も夜も野菜料理が中心です。甘いものはもともと食べないし、間食もしません。日本冬虫夏草は日中はもちろんのこと、夜中にも飲みました。ガンなら困るという気持ちで必死でした。
 3、4日続けますと、あのドスンとした重さやズキーンとした痛みがなくなっていきました。1週間すると食事も普通に食べられるようになっていったのです。
 不思議に思ったのは、次第に感覚が研ぎ澄まされていくということでした。体に悪いものが敏感にわかるのです。法事に出席したときのこと、仕出し料理をいただいているとき、口元に近づけただけで気分が悪くなるものがありました。あとで分かったのですが、ラード油で揚げた料理ということでした。それまでは感覚が麻痺しているからどんなものでも口に入れることができたんですね。
 日本冬虫夏草を飲み始めてから2週間が過ぎた頃、体調も良く、安定しているのでそろそろ病院に行ってみようかなと思い立ち、前出の先生に『MRIを写してください』と申し出ました。
 すると、できあがった写真を見ながら先生は『あれっ、おかしいなー』と首をひねったのです。例の影がきれいに消失していたからです。その画像診断の報告書がこちらになります。

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 あれから膵臓に再び異常が現れることもなく、12年の歳月が流れようとしています。日本冬虫夏草は6年は続けたと思います。現在も主人と二人、和食中心で野菜をよく食べています。魚は食べますが、肉はあまり食べません。何より手作りを心掛けています。日々、感謝の気持ちを忘れずに、この頃はゴルフを楽しみながら元気に暮らしています」

2008年3月10日のお話より

 

【経緯】

1996年3月半ば
かぜをひく。抗生物質を服用、なかなか治らず。
3月末
かぜがようやく治る。
入れ替わるように胃の辺りがドスンと重く、
時々ズキーンという痛みも走る。微熱も出る。
4月初め
血液検査で肝機能低下。
超音波、CT、MRI検査をする。
4月11日
検査の結果を聞く。
膵臓に影。
4月27日
日本冬虫夏草を飲み始める。
食事療法も始める。
4月29〜30日
胃にドスンとした重さやズキーンとした痛みがなくなる。
5月3日
本来の食欲が戻り、普通に食べられるようになる。
5月13日
MRI検査。
あったはずの影が消失。
日本冬虫夏草を飲み始めてから17日目。

Cさんの場合

「94年12月に膵臓ガンと診断されました。42歳のときです。主治医に妻は『打つ手はなく、余命は3ヶ月』と告げていました。私自身はガンとは知らずに自宅療養していたところ、義弟が民間療法のあるものを持ってきてくれました。それを飲んでいたら、みるみる顔色がよくなり、元気になったんです。

 翌年3月に職場復帰し、仕事に没頭していたら、激しい腹痛で歩けないほどひどい状態になりました。主治医は私に『余命1年』と初めてガン宣告しました。妻には『どんなにもってもあと2ヶ月』と言ったそうです。覚悟を決めて義弟のすすめてくれたものを飲み続けていたら、なんと8月の検査でガンが消えていました。翌月には主治医は病名を『慢性膵炎』と書き換えたのです」 こう語る北海道在住の銀行マンA氏(51歳)は9年後のいまも元気に働き続けている。(中略)

 冒頭のA氏は医者も見離す末期の膵臓ガンだった。そのA氏を救ったのは「日本冬虫夏草」である。日本冬虫夏草は漢方で使われる冬虫夏草とは種類が異なる。北海道から沖縄まで幅広く日本固有のキノコで、約350種が知られている。ただし、極端に数が少ないため、菌を培養したものが利用されている。

香澄診療所院長の廣瀬薫氏はこう語る。「私のところでは、約2600人の方が日本冬虫夏草使用しました。末期ガンの患者ばかりですが、ほぼ全員に延命効果 が見られました」

  日本冬虫夏草のガンに対する効果を世界で初めて科学的に検証し、3月に日本薬学会で発表した自然薬食微生物研究所所長の矢萩信夫氏(薬学博士)はこう話す。「日本冬虫夏草から抽出した多糖類が腸管のパイエル板という組織に作用して免疫力を活性化することを突き止めました。ガンを攻撃するT細胞の働きを特異的に高めたり、抗ウイルス作用をもつインターフェロンを増強したりすることなども判明しました」 350種のうち14種類の日本冬虫夏草が実用化されています。

週刊現代(講談社)2003年4月ゴールデンウィーク合併号より

【あとがき】
病気になったとき、本人や家族がかかえる不安と動揺ははかり知れません。できることなら静かな気持ちでより良い治療を選択し、原因をつきとめ、生活改善にも取り組んでほしい。そのためには、同じ病気になった人はどのような医療を受け、どのような経緯を辿るのかをよく知ることが前提となるはずです。そのような思いから、自らの経験が役立つのならと貴重な情報を寄せてくださった方々です。特定の治療を推奨したり、特定の治療を否定するものではございません。
体験談の虚偽記載は一切ございません。

当研究所の技術を真似た偽造品やコピー品にご注意下さい。

ご注意下さい