腎臓がん

腎臓がんを自然消失された方のお話も含まれています。冬虫夏草や自然療法、代替療法にご興味のある方々です。

小村幸子さん(宮崎県在住 1995年当時51歳)の場合

000046-a.jpg 「1995年の3月末のことでした。濃いワイン色の血尿が出たんです。ずいぶん前に尿管結石をやりまして、淡いピンク色の血尿が出たことがあったんですが、明らかにそれとは違ってて、何やら悪い予感がしたんです。それでも仕事は休めなくて。病院に行ったのは3日後のことでした。

 CT検査をすると片腎の中央にハッキリと影が映し出されていました。先生がガンという言葉を口にするより早く『先生、これは何センチぐらいのガンですか?』と私の方からお尋ねしたんです。すると『4、5ミリありますね。片腎を摘出する手術をした方がいいでしょう』と答えが返ってきました。私は、この事実をどちらかというと冷静に受け止めていました。というのも20年前に姉が乳ガンになり、それを克服。元気に暮らしている姿を見ていたからです。

 姉が乳ガンだと知った当初はかなりうろたえました。入院した姉を看病しながら、居ても立ってもいられず、自分がしてあげられることはないものかと必死に探しておりました。そして病室で読んだ『主婦の友』に矢萩先生を紹介した記事があって目に止まったのです。

000046-b.jpg すぐに当時住んでいた神戸から矢萩先生のところに向かいました。1975年12月17日のことでした。駅に着いたとき、雪が舞っていました。翌朝には妹さんの結婚式を控えているというのに、夜中まで私の話に付き合ってくださって。結婚式のことは一切おっしゃらなかったんですよね。それを知ったのは後になってからで、申し訳ないことをしたと思いました。先生のお母様からおみそ汁をごちそうになりましてね、具だくさんだったので驚きました。野菜をたくさん摂るための工夫だそうです。それ以来、我が家のおみそ汁も具だくさんになりました。

 姉にはサルノコシカケを術後すぐに飲ませました。治療はその後放射線を少しあてましたが、抗ガン剤等の薬剤は一切与えられませんでした。その後もサルノコシカケに日本冬虫夏草を加えながらずっと飲み続けてきました。

 さて、私の話に戻りますが、腫瘍発見の日から退院までを日を追って説明することにいたします。

 

【経   緯】
1995年3月27日 CT検査で初めて腫瘍が発見され、手術をすすめられる。
3月29日
<発見から3日目>
日本冬虫夏草を飲み始める。
<発見から5日目> 血尿が止まる。
<発見から8日目> 手術のため設備の整った別の病院に入院。日本冬虫夏草をこっそり持ち込む。
4月6日
<発見から11日目>
MRIで腫瘍を再確認。3人の医師から悪性だからと改めて手術をすすめられる。腎は片方あれば大丈夫と言われたが、両方あるにこしたことがない。 できれば切りたくないと思う。
<発見から12日目> 先生に頼んで何とか外泊許可をもらい帰宅。
<発見から13日目> 里心がついて病院には戻りたくなくなる。理由をつけて戻れないという電話を入れる。 日本冬虫夏草は1日に700cc〜1050cc。夜中にも飲む。夜中に飲んだ時は腎に染み込む感覚。日本冬虫夏草を胸腺に塗ったり、コンニャクハップで腎 を温めたり、病室でできないことも自宅では大胆にやれる。
4月12日
<発見から17日目>
このまま戻らないわけにもいかず、気を取り直して病院に戻る。CTとMRIで再度検査。するとあったはずの腫瘍がきれいに消失している。 日本冬虫夏草を飲み始めてから15日目。

 

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000046-d.jpg 先生が病室に検査のフィルムを持ってきましてね、『小村さん、不思議なんですよね。影がなくなっているんですよね』と首をひねっていらっしゃるんです。病院での治療はこれまで一切なかったわけですしね。血管造影検査をさせて欲しいとも頼まれましたが、痛いのや苦しいのは何よりイヤでしたから、消えてるんだし、そのまま退院させてもらいました。

 発病の原因を振り返るとオーバーワークにあると思いました。毎日10時間は立ちっぱなしで働いていましたし、責任あるポジションにいて職場のストレスもありました。食事もきちんと取れてなかったし、接客業ですから思うようにトイレに行けず我慢して、腎臓に負担をかけていました。体は声は出せないけれど、赤い血を出してやりすぎだよと教えてくれてたんですね。

 

 

 現在は退職してのんびりと暮らしております。姉と一緒に日本冬虫夏草は今も続けていて、最近は運動不足が気になって、ウォーキングを始めています。宮崎は今、桜が咲いて春本番といったところです」

朝日ウィル(北燈社)2002年3月19日号より

 

 

 

 「宮崎は厳しい残暑が続いていますが、元気でおります。再発なく今年で8年目を迎えました。 この度、結腸ガンの知人が人工肛門を免れました。手術で開いてみると患部が小さくなっていたそうです。手術前に日本冬虫夏草を飲んでいます」

2003年9月3日のお話より

 

 「今年は腎臓移植のスキャンダルが世の中を騒がせましたが、『腎臓は片方あれば大丈夫』と簡単に摘出を勧められた当時のことを思い出しました。間一髪で2つ残せて幸運でした。あれから今日まで私は11年、姉は30年、再発と無縁で暮らしています。日本冬虫夏草は現在も続けています」

2006年12月21日のお話より

 

000046-e.jpg 「私が庭で育てた日向夏を送りました。農薬を使っていないので皮もマーマレードにして食べられますよ」

2008年5月26日のお話より

 

 「宮崎も、今年の春は寒くてえんどう豆が不作です。大好物なので食べられないのがとても残念です。庭の日向夏の方は無事に実りました。お送りしますね。腎臓ガンが消失してから再発なく15年が経過しました。姉は乳ガンの手術から再発無く34年です。日本冬虫夏草とは長い長い付き合いになりました。今も傍らにおいて二人で飲んでいます」

2010年4月29日のお話より

 「早朝、新燃岳の大きな爆発がありました。空震も続いていて、火山灰がひどく、眼が痛いのには困りました。もちろん、空を仰ぐことも洗濯物も干せません。ここは避難勧告が出てないのでまだましですが、非難されて不自由な思いをされてる方々を思うと心が痛みます。1月は宮崎もずいぶん寒かったです。氷も張るし、霜柱も立ちました。例年だと、2日寒いと3日目がほわんと暖かいのに、今年はそれがありません。噴火が、窓やドアを開け放して暮らすようになる春までにおさまってくれるといいのですが...。ガンが消失してからこの4月で16年になります」

2011年2月1日のお話より

 「暖かい日差しに恵まれ、姉と二人で窓を開けてドライブしました。今年初めてウグイスの美声を聞くことが出来ました。春を知らせるさえずりです。ガンが消失してからこの4月で18年になります」

2013年2月25日のお話より

 「宮崎の暑さは格別です。時々雨は降りますが、けっして涼しくはなりません。湿度が上がってサウナのようになるだけです。暑さとたたかってるような毎日です。農学者の小泉武夫先生は、『甘酒は飲む点滴です』と言っておられます。この夏、私は一旦沸かした甘酒を冷やして飲むのを習慣にしております。なんとか元気で乗り越えられそうな気がします。日本冬虫夏草も一緒に飲んでいます」

                       2013年8月23日のお話より

 「この頃は姉の介護しながら過ごしております。姉妹共々がんの再発とは無縁でここまでやってきました。海藻が大好きで三陸のワカメを毎日いただきながら過ごしております」

2017年5月21日のお話より

 「姉が要介護3となりまして、私が介護をしております。私自身も要支援1をもらいました。しんどい毎日ですが、介護サービスをやりくりし、三陸のワカメを食べながらがんばっています」

2018年4月18日のお話より

 

赤川学さん(当時64歳・仮名)の場合

000047-a.jpg 「あれは1994年の暮れのことでした。頭痛が続いたので病院で検査を受けることにしたんです。

 子どもの頃から偏頭痛持ちで、ずっと悩まされてきましたが、35歳を過ぎた頃、どういうわけかそれから解放されて、偏頭痛のことは64歳になるまですっかり忘れていました。

 病院で頭部にCTをかけて調べると、呆気なく『なんともないよ』という答えでした。ついでに腹部にエコーをかけて調べることにしました。すると右の腎臓の下部にポリープのようなものがたまたま発見されたのです。半年したら再検査をするようにと言われて病院を後にしました。

 その半年間は、腎臓のことを全く気にすることもなく過ごしました。そして再検査の日がやってきました。右の腎臓は、ポリープのようなものが消えて正常に戻っていましたが、左の腎臓を調べていくと、今度ははっきりと腫瘍が見つかったのです。半年前は何もなかったところにです。最終的には腎臓ガンと診断されました。

 原因を考えた時、タバコも一度だって吸ったことがないし、お酒もほとんど飲まない。仕事もうまくいっていたし、苦労や悩みをかかえることもなく、思い当たることがありませんでした。ただ9人の兄弟姉妹のうち、4人が発ガンしてますので、家系が関係しているのかもしれないと思いました。

 手術前に、気心の知れた昔からの知人と、仕事で付き合いのあった人に病気のことを話すと、偶然にも同じ話をしてくれました。日本冬虫夏草の話でした。1995年5月半ば、手術は8時間かかりました。途中副腎を傷つけたということで、副腎もとられてしまいました。治療は手術のみで、抗ガン剤、放射線等のほかの治療は一切ありませんでした。

 日本冬虫夏草を飲み始めたのは退院した翌日からです。あれから日本冬虫夏草は今日まで毎日飲んでいます。1日1本ずつ。夜中に目が覚めた時も飲みました。その時は内臓にジワッとしみ込む感じがします。手術から今年で7年目。再発もなく、めったに風邪を引くこともなく元気で過ごしています」

 赤川さんは、自分でおっしゃるようにくよくよしないタイプだといえます。ガンになったからといって恐怖や不安を持たず、むしろガンを味方に考えるようにしました。素晴らしいパートナーである奥様の協力があって、日常的にも塩辛いもの、油っこいもの、肉類は食べず、魚とたっぷりの野菜中心の食事を肩肘張らずにごく自然にやっているとのことです。

000047-b.jpg「ここしばらくは、絵を描いたり、大好きなガーデニングにいそしむ毎日です。絵を描いている時は、頭の中は空っぽで熱中していて、自分が何をしているかさえ意識しません。そういう時は免疫力はずいぶん上がっているのでしょうね」

 病気の前と後では世の中が違って見えましたかという質問に、赤川さんは「何も変わっていませんね」とあっさり答えます。自分というものを持っていて、あくまでマイペースで飾らず、無理をせず、自分の熱中できる楽しいことをやる。そういう生き方にガン克服のヒントがあるように思います。

 それから、兄弟姉妹の中でガンでおなくなりになっている方は一人もいないそうです。

朝日ウィル(北燈社)2001年6月13日号より

 


 

 再発なく元気に今年で10年目を迎えます。「暑中お見舞い申し上げます。今年の暑さは格別です。ご自愛のほどお祈り申し上げます。私はお陰様で元気で今月はじめに礼文、利尻の花を見に行って来ました。船上からの利尻富士です。レブンウスユキソウが咲いていました」

2004年7月20日絵ハガキより


 「変わらず元気にしております。手術をしてから5月で14年目に入ります」

2008年4月7日のお電話より

 


【あとがき】
病気になったとき、本人や家族がかかえる不安と動揺ははかり知れません。できることなら静かな気持ちでより良い治療を選択し、原因をつきとめ、生活改善にも取り組んでほしい。そのためには、同じ病気になった人はどのような医療を受け、どのような経緯を辿るのかをよく知ることが前提となるはずです。そのような思いから、自らの経験が役立つのならと貴重な情報を寄せてくださった方々です。特定の治療を推奨したり、特定の治療を否定するものではございません。
体験談の虚偽記載は一切ございません。

当研究所の技術を真似た偽造品やコピー品にご注意下さい。

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