子宮筋腫
片山茂さんの場合
「始まりは1994年の前立腺炎からだったように思います。その時はひと月入院して薬で治療したわけですが、退院する際、病院側から今後のことをとりたてて警告されるわけでもなかったし、自分自身も病気の原因を振り返ったり反省することもありませんでした。退院できる喜びだけで、その後も以前と変わらない暮らしに戻り、忙しい仕事の現場に復帰しました。
それから2年後の1996年1月12日。突然排尿困難になり再び病院を訪ねることになりました。そして組織検査で、今度は前立腺ガンと診断されたのです。腹部にメスを入れて前立腺からリンパ腺まで摘出し、人工肛門をつくる大掛かりな手術を薦められました。その後、念のため病院を変えて細胞検査を2回行いましたが、いづれもクロでした。
ガンと聞いて即座に命はないと思いました。でも何ていうんでしょう。根っからプラス思考が強いというんでしょうか、『ちょっと待てよ。ガン即、死と考えてしまうのは狭い知識のせいではないのか。どこかに治す方法は必ずあるはず』と頭を切り換えることにしたのです。
私はそれまで尿管や尿道の位置さえ分からず、前立腺の役割さえも知りませんでした。つまづいてしまったけれど、これから先の健康のためにも、この病気を知識を得るチャンスに変えようと思うことにしました。入院するにあたって、夜遅くまで本を読んでも周りに迷惑をかけずに済むようにと個室を希望しました。そしたら1ヵ月以上先まで空きが無いと言われて、それまで自宅で待機することになったのです。
日本冬虫夏草を飲み始めたのはこの頃からです。妻が銀行で順番待ちをしている時、たまたま開いた週刊誌に日本冬虫夏草の記事を見つけたのがきっかけです。そして以前から加入していたガン保険がすぐに降りてきました。ほかの保険会社の給付金がプラスされて、数ヵ月はたとえ病院の最高級の特別 室を借りたにしてもあり余るほどの経済的余裕が生まれたのです。仕事を休んで情報収集を続けました。
病院の通常療法は、決してガン体質を根本から治してくれるものではないこと。そういう体の環境を作ったのも自分、治すのも自分ということ。食べ物から体の細胞が作られているけれど、細胞の病気であるガンを治すには食べ物が深く関わっているということ。さまざまな本を読んでいくうちに頭の中が整理されていって心が静まり、体にとって何が良くて何が悪いのか明確になっていきました。
玄米菜食を心掛け、主食であるお米にもこだわって、粘り気のないキヨニシキという品種の無農薬無肥料米を食べました。食品添加物のような化学的なものは排除し、食事は家族の分まで1日3食作りました。『薬は毒だ/田村豊幸著(農文協 現在廃刊)』(※最近では「薬をやめると病気が治る/安保徹著(マキノ出版)などがあります)という本に影響を受けて、病院から渡された薬は一切飲まないということもありました。今も記念に取っておいてますが、渡された薬の量 は半端ではありませんでした。
そして、次第に体に変化が現れ始めました。
| 【経緯1】 | ||
| 1996年1月12日 | 組織検査でガン細胞が見つかり、前立腺ガンと診断。 | |
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1月25日 <発見から14日目> |
日本冬虫夏草を飲み始める。食事療法も開始。おしっこが勢い良く出るようになる。 | |
| 2月9日 | 日本冬虫夏草を浣腸してみる。瞬間的にスッキリしたので続けることに。 | |
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2月22日 |
血便が出る。 | |
| 2月29日 | 7日間続いた血便がピタリと止まり、一転きれいな便に。悪いところが全部出て、ひょっとしたら治ったのではと思う。 | |
| 3月1日 |
病院に行き腫瘍マーカー検査。正常値になっている。 日本冬虫夏草を飲み始めてから1ヶ月余り。 |
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そして、それから2ヵ月後の手術当日。ガンが消失したため、急遽手術が取り止めの事態になるとは。誰も予想してなかったことが起こるんです」
朝日ウイル(北燈社)2002年6月18日号より
1996年3月1日のこと。前立腺ガンの腫瘍マーカーが、異常値から正常値に下がっても手術の予定が変更されることはありませんでした。
「先生は『1月の病理組織検査で前立腺ガンが確定されていることですし、数値が正常になっても腫瘍マーカーは腫瘍そのものを示すのではないので、予定通り大きな病院で手術しましょう』とおっしゃって、紹介されていた山口大学付属病院の個室が空くのをそのまま待つことになりました。
ここ1ヵ月ほどは、前にもお話したように健康やガンに関する本であれば片っ端から読んで、入院まで充分時間があるのだから、黙ってないで自分にできる自然療法をやってみようと、自ら調理して食事療法の研究に取り組んだり、日本冬虫夏草を試したりしました。日本冬虫夏草は1日に700cc飲んで夜中にも飲み、浣腸法も編み出しました。この頃になるとすでにおしっこは勢いよく出るようになっていましたし、病気の自覚症状が全く無くなっていたのです。
4月16日になってようやく入院にこぎつけました。早速、手術日が5月13日に決まり、再び組織検査、骨シンチ検査等、1ヵ月かけて行っていくのです。私が入ることのできた部屋は、ナースセンターのほぼ真向かいにあって、冷蔵庫もテレビも電話もお風呂もトイレも何もかも揃っていて、おそらく大臣が利用するであろうというようなところだったんですよ(笑)。ここでなら自宅でやっていた療法を誰に気兼ねすることなく、そのまま続けられるというものです。もともと肉や乳製品は食べられないので、そのメニューのある病院食にはほとんど手をつけず、妻が自宅から運んでくれる食事を毎日食べていました。ルームランナーを入れて毎日1万歩歩いたり、1階から7階まで、階段の登り降りを毎日2往復したり、ちょっとやり過ぎだったかもしれませんが、とにかく元気だから体を動かしたいし、やったところで疲れるというよりはむしろ快調だったように思います。
そんな中、とうとう手術の前日を迎えることになりました。手術が避けられたらという思いできたわけですが、ここまできたら腹をくくるしかありません。翌朝9時からの手術に備えてその晩は早く休み、ぐっすり寝入っていました。夜中の1時を過ぎた頃でしょうか。ぞろぞろと部屋に誰かが入ってくる気配に起こされました。手術チーム5名がベッド脇に並んでいるようです。そして『片山さん、今まで会議してようやく結論が出ました。外部に出していた組織検査の結果から、ガン細胞が全く見つからなかったので手術は中止にします』と言うのです。
| 【経緯2】 | |
| 4月16日 | ようやくベッドが空き入院。 |
| 4月18日 | 組織検査。5月12日にこの結果が出ることに。その後も検査が続く。 |
| 5月13日 | 組織検査の結果が出て、ガン細胞が全く見つからず、長時間の会議の末、手術日当日の未明に手術取り止めとなる。 |
治療を何もしないでガンが治ったわけですから不思議な人ということで病院内ではたちまち話題になりました。スタッフの中には『片山さんは何の宗教を信仰しているのですか』と質問する人まで現れて。でも私のような人がいたら、祈ったり気力で立ち向かおうとする前に、少し落ち着いて健康とは何かをぜひ勉強してほしいと思うのです。
治癒は努力の結果でまぐれ当りではないという証拠に、日本冬虫夏草を飲み、同じように生活した妻は、すぐにでも子宮摘出手術が必要な程、大きな子宮筋腫をかかえていましたが、みるみる縮小し、手術の必要がまったくなくなってしまったのです。この生活をやる以前は、筋腫は赤ん坊の頭程ありました。そして、85歳になる母の白髪が根元から黒くなっていったのはちょっと予想外のことでした。
私は、大学で声楽を学び、元レコード歌手だったこともあって、自宅でカラオケ教室を営んでいます。生徒さんの中には歌を習う以上に健康談義を楽しみに通う人も多いんですよ。歌うことは横隔膜を動かしてそのバイブレーションで脳を刺激し、ガン細胞を掃除する免疫力をアップさせます。ここに通うようになってから健康になったと喜ばれるのは、私にとっていちばんの嬉しいことで、体験を生かして、人に幸せを分けてあげれることが自分の幸せと感じています」
朝日ウイル(北燈社)2002年7月16日号より
片山さんから「ぶち元気です」(山口弁で大変元気という意味だそうです)とお電話をいただきました。奥さんのまきさんも、92歳になられたお母様もお元気ということでした。
2003年12月12日
お母様は95才の高齢になり、まきさんは退職され、お母様の傍で茂さんと一緒に元気に面倒をみていらっしゃるそうです。「母は10年前に日本冬虫夏草を飲んだ影響が大きく、何度も元気が復活するので、医師も不思議がってます」
2005年12月16日のお電話より
「国民体育大会がある一方で、国民文化祭というものがあるのをご存知でしょうか。今年で21回目となり、今回は地元の山口県で開催されます。数々のコンクールの中に歌の部門があり、47都道府県の代表が自慢のノドを競い合います。本選の前にオーディションが進められ、すでに47名から20名にしぼられています。
私はその20名に残ることができまして、11月4日の本選(美祢市、芸術村)では「霧の摩周湖」を唄うつもりでいます。生演奏で気持ち良く唄えるのを思い描いて、今からわくわく楽しみにしています。これも元気でいればこそで、健康に感謝しています」
2006年8月4日のお電話より
「11月の国民文化祭は大変盛りあがり、その時応援にかけつけてくれた生徒の皆と私の姉夫婦、弟夫婦も加わって、クリスマスパーティを賑やかに開催しました。
張り合いを持って楽しく過ごすことができるのも健康であればこそで、先日の基礎検診では血液は100点満点でしたし、骨密度は20代後半という結果でした。58歳の妻にいたっては20歳とまで出てしまって、おかしいから足を2回洗って、3度検査したほどです。妻は、牛乳やヨーグルトなどの乳製品は一切食べませんし、特別カルシウムを意識して摂っているわけでもありません。代謝も若返ったのか、体重も5kg減ったというのです。
我が家では、15種類の野菜を庭の一角に栽培しています。朝食はそれらの採れたての野菜に、玄米黒酢、キダチアロエ、フルーツを加え、ジューサーにかけた飲みものだけで済ませます。他に作ってるのは根こんぶ水とビワ葉酒。毎日摂る水も、こだわって選んだ海洋深層水を使っています
ガンが消失してから元気に10年が過ぎました。日本冬虫夏草は現在も続けています」
2006年12月6日のお電話より
「母(享年97歳)の四十九日も無事終わり、このごろはボランティア活動に励んでいます。最愛の母と別れた直後は妻と二人で途方に暮れる毎日でした。最期まで母は自宅で過ごしました。十二年間の介護もとうとう終わってしまいました。
ボランティア活動とは歌の指導です。ひとりでも多くの人の心が元気になり、心の中に希望が生まれることを願っています。これから先の私も歌と共にあります」
2008年3月12日のお葉書より
「ますます元気にしております。週に3、4日は妻とウォーキングをしています。1回のウォーキングで1万歩歩きます。今年はゴルフコンペで4勝しました。妻も最近ゴルフを始めました。30分の体操から1日が始まります。食事に気を付けたり運動を取り入れたりするようになったのはガンになってからです。前立腺ガンが消えてから13年になります」
2009年12月7日のお電話より
足立吹喜代さんの場合
群馬県前橋市の足立吹喜代さん(子宮筋腫)からの手紙
拝啓
毎日厳しい暑さが続きますね。いつも大変お世話になります。 遅くなりましたが治療中の記録をお送りいたします。 私は本を読み、「そうだ私も日本冬虫夏草で治してみよう」手術は絶対にしたくないと思いました。 治療経過は別紙のとおりですが、治療中は時にはくじけそうに なったこともありましたが、おかげさまで健康になることができました。そして、手術もしなくてすみました。本当に夢のようです。
健康ほどありがたいものはありません。私は健康になることができましたが、私の周りにもガンで苦しみ若い命を失った人がたくさんいました。(私の甥もそうでした。病気が発見されてから5ヶ月あまりの命でした。) 本人はもちろん、残された家族にもこんな辛いことはありません。かける言葉もありませんでした。
一日も早く日本冬虫夏草がガンを治せる薬として完成されることを願っています。どうか皆さん頑張ってください。 そして、私の一年くらいの記録ですが少しでも皆さんのお役に立てば幸いに存じます。 暑さ厳しき折くれぐれもお体をお大事になさいましてお仕事にお励みください。
まずはお礼まで。
かしこ
病名 子宮筋腫
年齢 58歳(体重58Kg)
〈1999年8月2日〉病院にて筋腫の大きさ8cmと診断される。(実はここまで大きくなって いるのに気づかなかったのは症状があまり出てなかったということと,年齢的に更年期ということからです。) 医師は手術をする大きさとさかんに言う。私は年齢が年齢ですから手術は避けられるものならと医師に相談する。では少し様子を見ましょうということで次回検査は3ヶ月後。
〈9月1日〉日本冬虫夏草を1日600CCずつ5回に分けて飲み始める。
〈11月18日〉検診
まだ少量の出血あり、筋腫の大きさ医師に聞いてもはっきり言わないが、かなり大きそう。
〈11月25日〉
¥カルシウムマグネシウムを加えて飲み始める。
〈12月6日〉検診 MRI検査
筋腫の大きさ8cmと診断、医師より特別変わったことがなければ次回検査は6ヶ月後。
〈2000年2月1日〉
大分体調も良いので(出血もなく)今月より1日350ccに減らす。70ccずつ5回。
〈3月15日〉
日ごとに良くなっていくので量を少しずつ減らす。一日280cc、1回70ccを4回。
〈4月22日〉15本購入
1日180cc、60ccずつ3回。
〈5月23日〉
1日180cc、60ccずつ3回。とても体調が良くなったので上記のように飲んでいる。
〈6月22日〉検診
特別変わったことがなければ手術もしなくて良いとの事。6ヶ月後に検診にもう一回。
〈6月22日〉30本購入
1日180cc、60ccずつ3回。現在も上記のように飲んでいますが、疲れたときは多めに、先日は海外旅行に水筒に入れて持っていき、元気に旅行ができました。
飲み始めてからの体の変化
○いつも肩こりがあり、少しの書き仕事でも目が疲れていたが、飲み始め10日くらいより、肩こりも目も楽になったのがはっきりわかる。
○疲れてとても体が辛い時飲むと、とても元気になる。
○花粉症で毎年医院で薬をもらって飲んでいましたが、今年は薬も必要なく日本冬虫夏草だ けで楽に過ごすことができました。
○胃、下痢などの時も日本冬虫夏草で治していました。今年は薬らしい薬は飲まなかったような気がいたします。
足立さんはその後一日90cc程度を毎日飲んでいます。
【あとがき】
病気になったとき、本人や家族がかかえる不安と動揺ははかり知れません。できることなら静かな気持ちでより良い治療を選択し、原因をつきとめ、生活改善にも取り組んでほしい。そのためには、同じ病気になったヒトはどのような医療を受け、どのような経緯を辿るのかをよく知ることが前提となるはずです。そのような思いから、自らの経験が役立つのならと貴重な情報を寄せてくださった方々です。特定の治療を否定したり、特定の商品について推奨するものではございません。
体験談の虚偽記載は一切ございません。

