がんの克服を目指して

癌の克服を目指して 〜奇跡や偶然ではなく〜〈第1回〉

長崎国際大学教授・小林秀光

 確かに癌は直ちに《死》を連想させる難病ですが、 その一方で、癌の癌たる中心部を消失させることに成功し、もとの生活を取り戻した《生還者》が少なからずいらっしゃるのも事実です。より多くの人々にそうあって欲しいと願いながら、今も数多くの医療 関係者や研究者がそのメカニズムの解明を目指しています。

 癌の発生は、正常細胞核に存在する特定の遺伝子が突然変異を起こすことにより開始されます。地球上では、変異を起こし得る微量 の自然放射線や紫外線などが常に降り注いでいます。また、最近では全ての食品がごく弱いながらも発癌性を持っていることが判ってきました。従って、生物が地球上で生活しようとするかぎり、ある程度の遺伝子変異は避けよ うがありません。しかし、このようなささいな損傷は、細胞の持つ修復機構(自然治癒力のひとつ)によって もとに戻されるのが普通ですが、何らかの原因で修復が追いつかなくなったとき、細胞は癌化して爆発的に増殖する可能性があります。

 現在行われている癌の治療は、西洋医学に基づく 外科手術、放射線療法、化学療法などが主流です。しかし、これら既存の治療法は癌病巣のみをターゲッ トにしていることから、遺伝子修復能力を回復させるという根本的な観点で限界があるものと考えてい ます。従って、癌を完治させるためには、自然治癒力を強力にサポートするような工夫が必要不可欠に なるものと思います。

 東洋医学における漢方薬や食事療法、または健康食品(天然物)による治療法により、癌から奇跡的に生還した人たちについて、化学的知見をもとに詳しく調査した結果 、《奇跡的生還》とはミクロの遺伝子異 常の修復を成し得たものと解釈することができます。 近年の分子生物学の飛躍的な発展により、2006年までにはヒトの全ゲノム(遺伝子記号)が解明されると言われています。遺伝子レベルで癌の発生メカニズムが明らかになったとき、幾つかの天然物が持っているであろう自然治癒力を増強する活性のメカニズムも明らかになってゆくものと期待します。

癌の克服を目指して 〜奇跡や偶然ではなく〜〈第2回〉

長崎国際大学教授・小林秀光

 最近の厚生省の統計によると、日本人の疾患によ る死亡率トップは「癌」であり、「脳血管疾患」と「心臓疾患」による死亡率を合計したものに匹敵します。 また、後2者の疾患が近年減少傾向にあるにも拘らず、癌による死亡数は依然として増加し続けているのが現状です。

 現在主流の癌治療法は外科手術、放射線療法と化 学療法であり、約50%の癌が完治するまでに発展しました。しかし、今後手術や放射線療法による治療 成績の大幅な向上は期待できません。また、抗癌剤 による化学療法では、白血病や睾丸腫瘍などでは高い有効性が認められているものの、特に肺や消化器癌など固形腫瘍では著しく効果 が低いなど、必ずしも満足のゆく結果は得られていません。

 残念ながら、 実際の抗癌剤の効果は臓器によって著しい差違があり、 極めて限定的なのです。抗癌剤単独投与による完治率は、約5%と極めて低い統計が存在することも事実です。また、使用されている殆どの抗癌剤が細胞毒性を持つため、正常細胞に対しても大きなダメージを与えることで重篤な副作用を生んでいます。

 この原因は薬剤を開発する段階での基本的なコンセプトに問題があったと言えます。癌細胞の大きな特徴のひとつに極めて速い増殖速度がありますが、殆どの既存抗癌剤が、この特徴を持つ細胞に効く(傷害を与える)という観点のみで開発が成されました。しかしながら、正常な骨髄や腸細胞なども癌細胞と同様に速い速度で増殖するため、このような正常細胞にも強い副作用が及んでしまったわけです。

 現代(西洋)医学は、癌という病に部分的に対処することで克服しようとしてきたのですが、このコンセプトを今後大きく変換しないかぎり、これ以上の発展は見込めないかも知れません。
 
 一方、体全体をみつめて対処することで発展してきた漢方薬や天然物による民間食事療法で、見事に 癌を克服された人も数多くいらっしゃいます。また、驚いたことはこのような人たちに重篤な副作用が現 れ苦しんだという例が殆どないことです。この事実は、これら天然物に含まれている有効成分が、化学療法剤とは全く異なるメカニズムにより抗癌活性を発揮している可能性があることを示しています。

癌の克服を目指して 〜奇跡や偶然ではなく〜〈第3回〉

長崎国際大学教授・小林秀光

 「癌」は遺伝子の病気です。その暗号(塩基配列)の変化によって癌の発生メカニズムの全てが説明できるは ずです。たった1個の細胞の中の約10ヶ所程度の遺伝子変異の組み合わせによって、正常な増殖制御が解除され、勝手に爆発的に増殖する「癌細胞」に変化し 「腫瘍」にまで成長してしまいます。この過程における前半の突然変異を「イニシエーション」と呼びますが、この過程を完全に回避することは、地球環境や 食品中の発癌(変異原性)物質を考えると非常に難しいと考えられます。

 これに引き続く後半の過程を「プロモーション」と呼びますが、この癌化過程を何らか の方策で阻止できれば、発癌していない人の予防(1 次予防)ならびに癌を外科手術で取り除いた人の再発予防(2次予防)につながる極めて有用なことです。もちろん、1次予防についてはイニシエーションの確率を低下させる食事へのこだわり(変異原性物質を含む食品 を極力摂らないこと)も重要ですが、2次予防ではプロ モーション阻止がさらに大きな意味を持ってきます。 すなわち、この阻止率が完全に近づいたとき、体内に変異遺伝子を持ったままでも健康人と変わらない生活を送ることも可能となるわけです。もしも特異的な癌細胞遺伝子のプロモーションを自由にコントロールすることが出来れば、癌予防だけでなく「癌治療」 の可能性も大きく広がるのです。

 10数年前までは、殆どの人々が緑茶の天然主成分 である「カテキン類」に発癌抑制効果 があるなどとは 思いもしなかったでしょう。しかし、統計的に緑茶をよく飲む人と飲まない人の群を比較したとき、その癌発生率に明らかな差異がみられたことにより、身近な飲み物である緑茶の持つ癌予防効果 が注目され、 大きな関心を寄せたのです。今日ではこの成分が、 発癌プロモーション過程を有意に抑制することが実験的にも証明されました。このように古くから知られ るごくあたりまえの食品や漢方薬の中にまだ知られていない夢のような活性が潜んでいる可能性も大い にあるのです。

癌の克服を目指して 〜奇跡や偶然ではなく〜〈第4回〉

長崎国際大学教授・小林秀光

 ヒト体内における薬物の動きを精密に制御することや、作用部位 へ望ましい時間に適切な濃度で送り込み、治療効果を高める薬物投与技術をドラッグ・ デリバリー・システム(DDS)と呼んでいます。癌化学療法においても、標的となる腫瘍細胞が明確である上に抗癌剤の副作用軽減の観点から、抗癌剤の臓器間分布を制御し、かつ標的細胞に選択的に送り込むことを目的とする放出制御型、または標的指向型 DDSの開発が盛んに進められています。例えば、テ ガフールは消化管から吸収後、徐々に抗癌剤5-フル オウウラシル(5‐FU)に変換され、有効な血中濃度 を持続させる放出制御型DDSです。ドキシフルリジ ンは腫瘍細胞内の酵素によって、同じく5-FUを放 出させる標的指向型DDSです。最近、新しい作用 秩序に基づく抗癌剤として注目を集めているイリノテカンも、抗癌活性本態であるSN-38を含有する放出制御型DDSと解釈することができます。さらに、現在主流の試験管内における遺伝子治療は、将来的には生体内での遺伝子治療へと発展することが 予想されますが、この現実化に向けては遺伝子DNA を特定の標的細胞に送り込むDDS技術の開発が必要不可欠になるでしょう。

 古来より珍重されている漢方薬や自然食品には、 強い抗癌活性を持つ未知成分を含有するものが幾つか知られていますが、不思議なことにこの中には全く副作用が認められないものも実在しています。例 えば、ある種のキノコの培養液を実験動物(担癌マウス) に経口投与したところ、強い抗腫瘍効果 が得られる ことが確認されましたが、驚いたことに副作用は殆ど認められません。すなわち、この有効成分は天然の状態で既にDDS化されており、癌細胞のみをタ ーゲットにすることが可能になっているのかも知れません。また、この培養液と5-FUを併用した場合、 後者の副作用が著しく軽減されることから、この培 養液中には抗癌活性本態のみならずその副作用を軽 減させる何らかの化合物が共存している可能性も考えられるのです。このように、自然(天然物)は、ヒトの健康に関する幾つかの問題点に対して何らかの解 答を用意してくれているのかも知れません。

癌の克服を目指して 〜奇跡や偶然ではなく〜〈第5回〉

長崎国際大学教授・小林秀光

 過去40年間の食生活変化により日本人の炭水化 物摂取量 は約3分の2に減り、代わって脂質の摂取量が約3倍に増加しました。脂質の種類ではリノール 酸やアラキドン酸に代表される不飽和脂肪酸の摂取 比率が大幅に上昇しています。これらは生体機能を 維持するのに必須の栄養素なのですが、摂取量が過 剰になってしまったとき、癌疾患をはじめとする各種 成人病を誘発するものと考えられます。このメカニ ズムには体内で発生する活性酸素(O2-, OH., H2O2など)が密接に関係しているものと思われます。活性酸素は生体内で外的な要因(紫外線や放射線、またはタバコの煙や食品中の化学汚染物質など)によって産生されますが、 正常な生体反応の副産物としても少なからず存在しています。これらの活性酸素は、細胞膜(不飽和脂肪酸に富む)を過酸化することにより細胞自体を劣化してしまうばかりでなく、二次的にアルデヒド類を生成させます。実は、このアルデヒド類が癌関連の遺伝子やタンパク質と反応して、思いがけない影響を与えている可能性が指摘されているのです。

 数多くの天然物に由来する化合物が、細胞の癌化 (プロモーション)を阻止する活性を持っています。以前にも述べました緑茶中のフラボノイドの一種である カテキンやビタミン誘導体であるカロテノイドなど がそれです。また、一方でこれらの物質が、脂肪酸の抗酸化活性を有することもよく知られており、この活性が一般 食品中にしばしば添加される酸化防止剤の dl- -トコフェロール(合成ビタミンE)やブチルヒド ロキシアニソールよりも明らかに高いことも判りま した。これらの化合物の抗酸化作用と抗癌活性との 関連性については未だよく判っていませんが、何らかの重要なメカニズムが眠っているように思えます。 ◎ごく最近、動物実験によって著しい抗腫瘍効果が確認された幾つかのキノコの培養エキスにも、有意に活性酸素を消去する効果 があることが実証されま した。

癌の克服を目指して 〜奇跡や偶然ではなく〜〈第6回〉

長崎国際大学教授・小林秀光

 癌発生のメカニズムは当初、眠っている癌遺伝子の 十数ヶ所に突然変異(イニシエーション)が起ったとき、 この遺伝子が目覚め細胞増殖を際限なく繰り返すと いう命令を発して、正常細胞の癌化(プロモーション)を 起こすものと考えられていました。しかし、近年になって癌抑制遺伝子と呼ばれる一連の遺伝子群が次々 に発見されるようになり、このメカニズムに関する 考え方は大きく変わろうとしています。

 癌抑制遺伝子のなかでも比較的研究の進んでいる ものはR-53遺伝子でしょう。R-53遺伝子はR-53タン パク質を造り、このタンパク質は癌遺伝子DNAの特 定領域に結合することによりRASタンパク質の生合 成を阻害します。RASタンパク質とは、正常細胞を 強力に増殖させる能力を持つ癌化促進タンパク質で す。従って、このタンパク質が何らかの要因により生 合成または活生化され続ければ、細胞は爆発的に増 殖、すなわち癌化してしまう訳です。このように、 突然変異が癌遺伝子上ではなく、癌抑制遺伝子上の 複数カ所に起これば、正常な癌抑制タンパク質の生合 成が成されなくなり、結果 的に発癌に至ってしまうも のと考えられています。この考え方からすると、癌 抑制遺伝子を制御(抑制または促進)している未知タン パク質とその遺伝子が幾重にも存在している可能性 もあり得るでしょう。極めて難解と考えられる発癌メ カニズムの全貌が解明されるまでにはまだ時間を要す るでしょうが、近い将来必ず解決の時はやってきます。

 強力な抗癌活性を有するにも拘わらず、殆ど副作用の認められない漢方薬や天然物の中には、未だ知られていない癌抑制タンパク質と同様な働きをするプロモーション抑制成分が含まれているかも知れません。また、全く異なる作用メカニズムにより癌抑制遺伝子上に起こってしまったイニシエーションを、修復してしまうような成分が存在している可能性もあるのではないでしょうか。

癌の克服を目指して 〜奇跡や偶然ではなく〜〈第7回〉

長崎国際大学教授・小林秀光

 発癌は正常状態においては、いわゆる「免疫学的監 視機構」によって抑制されています。健康なヒトでも1日約3000個の正常細胞が癌化すると言われています。 しかし、ヒトは細胞障害活性を持つリンパ球、例えばキラーT細胞(異物を認識し破壊する)、ヘルパーT細胞(キラー細胞をサポートする)やナチュラルキラー細胞 (酵素により異物を破壊)を持ち、これらが協力して癌細 胞を死滅させています。ところが、抵抗力の衰えた免疫不全状態では、この監視体制が不十分となり癌発生率が高まるものと考えられます。事実、臨床統 計学的研究において、先天性免疫不全(生まれながらに著しく免疫力が低い)患者では約70%にのぼる悪性腫瘍の発生率をみており、これは一般 健康 人の約百倍もの頻度ということになります。もちろん、後天性免疫不全患者、エイズ感染者や臓器移植などによる免疫抑制剤治療患者においてもこの傾向は同様に認められています。また、当然ながら免疫不全患者ではヘルペスウイルスなどの発癌ウイルス (遺伝子のなかに宿主細胞を癌化する癌遺伝子を持つ)の感染頻度も高まることからも、免疫不全と発癌との関連性が強く示唆されます。一方、免疫機能が正常でも何 らかの外的要因(例えば、喫煙や紫外線またはある種の食品添加物など)により、正常細胞の癌化が「免疫学的監視機構」をもってしても追いつかないほど著しく進んでしまった場合もまた、発癌に至ってしまうことになります。

 今日では免疫機能を活性化させること(免疫賦活作用)により、100%癌を撃退することは極めて難しいものと解釈されています。しかし、現在も医療現場では化学療法剤の補助的な役割を果 たすものとしてβ-グルカンなどのポリサッカリドが免疫賦活 剤として用いられているのも現状です。

 最近、動物実験によって著しい抗癌効果 が確認され たキノコ培養エキスにも、有意な免疫賦活作用を持 つポリサッカリドが含まれていることが実証され、抗腫瘍効果 の一助を担っているものと考えられています。

癌の克服を目指して 〜奇跡や偶然ではなく〜〈第8回〉

長崎国際大学教授・小林秀光

 癌細胞には限り無く分裂を繰り返して、周囲の正 常組織へ侵入、浸潤しようとする性質があります。 また、血管やリンパ管を介して遠く離れた組織や臓 器に定着して浸潤していこうとする転移も頻繁に みられます。このとき癌細胞自身が生き残り、また 定着するためには、酸素や栄養素の補給、老廃物の 排出に不可欠なパイプラインとして新たな毛細血管 を引き込むこと(血管新生)が必要になります。事実、 腫瘍の周辺にはまるで網の目のように新生血管が張 り巡らされているのです。

 すでに80年代には、腫瘍周辺の新生血管網の発 達を遮断することで癌細胞への栄養供給の路を断ち、 増殖も転移もできなくしてしまうことによって癌治療 が可能なのではないかという論議が注目されていま した。この抗新生血管形成論(癌細胞兵糧攻め作戦)は、 現在臨床で用いられている数多くの化学療法剤や免 疫増強剤の抗癌メカニズムとは、全く方向性の異な る理論であったため、大きな期待が持たれるところと なりました。その後もアメリカを中心として研究が 進められた結果 、軟骨成分として動物界に広く分布 するタンパク質結合性のコンドロイチン硫酸を主成 分とする複合多糖類に、新生血管の伸長を阻害する 活性のあることが判ってきました。動物実験でも複 合多糖類は、固形癌に対して極めて高い確率で30 ?百パーセントの退縮を引き起こしました。95 年以降、アメリカの食品医薬品局(FDA)は複合多糖 類の臨床試験を決定し、本当に癌治療薬としてヒト に対して有効性を持っているのか現在でも検討が進め られています。また、ごく最近ではアンジオスタチ ンやエンドスタチンと呼ばれるタンパク質が、同様 な活性を持っていることが解明され、その作用機序 の一部も明らかにされ脚光を浴びています。

 ただし、これらのタンパク質や酸性ムコ多糖類は、 新生血管の形成に関係のある乳癌や前立腺癌などの 固形腫瘍にしか有効性が期待できないことをよく認 識しておくべきでしょう。

癌の克服を目指して 〜奇跡や偶然ではなく〜〈第9回〉

長崎国際大学教授・小林秀光

 ヒトなどの多細胞生物の個々の細胞は、自ら死ぬことが可能です。このような自殺ともいえる細胞の 死がアポトーシス(自死)と呼ばれるものです。生物個 体が不必要になった細胞を自己消去する機構です。 アポトーシスは遺伝子に支配され、そこには高度な 制御機構が存在することが明らかになりつつありま す。この現象は多細胞生物の生命そのものを維持す るため、進化の過程で獲得された生命の根幹に位 置 する重要な機構といえるでしょう。細胞には損傷を修 復する能力が備わっていますが、個体の存続にとって 危険と考えられる異常な細胞は、修復するよりむし ろ自殺してもらう方が個体にとってはより安全である と考えられるのです。

 ごく最近まで細胞死は、単なる細胞の崩壊現象と してネクローシス(壊死)という言葉で統括されていま した。しかし、死に行く細胞を顕微鏡で観察すると 本質的にネクローシスとは異なる細胞死の過程があ ることがわかります。全く遺伝子の支配を受けない ネクローシスでは細胞は膨張、崩壊するのに対して、 遺伝子支配のもとで起こるアポトーシスでは逆に縮 小、さらには断片化が観察されます。さらに詳しく 観察すると、細胞表面にある微絨毛と呼ばれるごく 細かい毛が消失して平滑になります。また、核内で はクロマチンと呼ばれる網状の構造が著しく凝集し、 これに伴い核内の遺伝子DNAも断片化するなど、 ネクローシスとは明らかに異なる現象が起こります。

 最近、アポトーシスは基本的な生命現象に重要な 役割を演じているだけでなく、癌などの多く疫病の 発症に深く関わっていることが判ってきました。難病 である癌の発生メカニズムをアポトーシスという新 しい観点からみつめることによって、新たな治療法 や治療薬の開発が可能になってくると思われます。

 次回は、今後ますます重要視されるであろうアポ トーシスと癌に関する研究において、現在まで得ら れている知見について述べたいと思います。

癌の克服を目指して 〜奇跡や偶然ではなく〜〈第10回〉

長崎国際大学教授・小林秀光

 生物の細胞が死にゆく過程には、二通りの道筋が あります。ひとつは「遺伝子に支配された細胞死」と して定義されるアポトーシス(自死)、もうひとつは 「遺伝子の支配を受けない細胞死」として定義される ネクローシス(壊死)です。すなわち、死という細胞の 運命を自らの手で決定する自殺がアポトーシス、無 理矢理に死を決定されてしまう他殺がネクローシス です。

 アポトーシスは細胞の癌化と同様に遺伝子によって 制御されたものであり、いずれも同じ立場で論議さ れるべきでしょう。既にアポトーシスを制御する遺伝 子は幾つか知られていますが、興味深いことにその 多くは癌遺伝子や癌抑制遺伝子(癌関連遺伝子=本誌9月号、第六回参照)と同一であることが判ってきました。あ る癌遺伝子の産物であるタンパク質は癌化を著しく 促進する作用を持ちますが、一方ではこの遺伝子の 発現によってアポトーシスが誘導されるという全く正 反対の機能を併せ持っていることが明らかにされまし た。また、ある癌抑制遺伝子は細胞の増殖をストップ させるだけでなく、アポトーシスを誘導しているこ とが示されました。従って、アポトーシスと癌化を制 御する遺伝子は表裏一体であり、アポトーシスが抑 制されることにより細胞増殖が優位となって癌の発生 につながっているのではないかと考えられます。

 癌の治療に用いられている化学療法剤のなかには、 腫瘍細胞にアポトーシスを誘導することがその作用 機序ではないかと考えられているものがあります。 例えば、遺伝子DNAと結合する能力を持つ抗癌剤 シスプラチンなどは、ある種の癌細胞にアポトーシス を誘発することが証明されました。

 癌の発生機序におけるアポトーシスの関わりについて、分子レベルで解明されるときが近い将来やって来るでしょう。そして、それらの基礎的知見が土台となってアポトーシスを人為的に制御する医療技術や医薬品が開発されることも十分に期待できるのです。