CASE11 : 問題は小さいうちにスピードを持って

黒坂 和子さん(アトランタ在住 2005年当時77歳)の場合

kurosaka_1.jpg 「アメリカに住んで50年以上になります。2005年6月16日のの話になりますが、メモグラム検査で『乳がんの疑いがある』といわれたのです。左の乳房にごく小さなケシ粒のようなしこりが散らばってるということでした。

 

夫婦で娘が住むアトランタに引っ越す前は、ウィスコン州のグリーンベイに住んでいました。当時から年に一度はメモグラムの検査を受けていて、一回だけ検査に引っかかり、バイアプシー検査(生検)までやったことがあります。その時は苦痛を感じることもなく、がん細胞も見つかりませんでした。跡が残るということもありませんでした。

 

その経験がありましたから、再びアトランタでバイアプシー検査をすすめられた際も、気楽にひとりで出かけていったのです。

 

がん細胞見つかる

 ところが、部分麻酔をかけて針の先のような道具でしこりをとっていく間、女医さんのおしゃべりが止まりません。スタッフのひとりと話に夢中で集中してない様子でした。案の定、見当はずれのところを2,3回取り間違えたり、以前は経験のなかった痛みも感じたのです。たまらずその真摯でない姿勢に中断を申し出ました。(この時の傷はしばらく残ることになります)そして、取り除いたしこりの一部からがん細胞が見つかったのです。私は、彼女のボスに掛け合って、後日改めて残りのしこりを取り除く約束を取り付けました。担当医はボスです。

 自宅に戻り、『またがん細胞が見つかるのかな。どうしよう』と考えてると、ふと以前耳にした日本冬虫夏草のことを思い出しました。日本冬虫夏草を飲んだのは残りのしこりを取る2日前。正確には1日半、粉末にしたものを飲みました。

 

がん細胞がどこからも検出されない

 77日、今度は娘に同伴してもらい、残りのしこりを取り除きました。家族がいれば、いやがうえにも相手にプレッシャーがかかります。いい加減には出来ないというのがあるかもしれません。全身麻酔をかけ、メスを使った昔の方法でやってもらいました。前回のような痛みはなく、跡も細いかすかな線が残っただけ。そして細胞を調べると今度はどこからもがん細胞が出てこないのです。『キモ(抗がん剤治療)する必要はありませんからこれで終了です』と言われました。

それから半年に一度の検査を続け、2008年からは検査は1年に一度でよくなりました。日本冬虫夏草はずっと続けています。あれから胸に再びしこりが現れることなく順調に5年が経過しています。

 

 さてもうひとつ、自分に降りかかった大きな事件の話をしなければなりません。

がんより困難。転倒による後遺症

 20061021日のことでした。どん底につき落とされる出来事が起きたのです。友人宅でのパーティーに呼ばれた時のことでした。キッチンにまるめて置いてあったカーペットにつまずいて大転倒してしまったのです。床に後頭部をガツンとぶつけました。すぐに救急病院に行き検査をし、翌日も念を入れて調べましたがこれといった異常はありませんでした。症状も何も出てません。

 

ところが転倒から3日目、急激に気持ちが悪くなって立っていられなくなったのです。しだいに両手両足がしびれ出し、ひどい船酔い現象におそわれ、食欲もなくなり、眠ることすら出来なくなっていきました。脚気になったように自分の手なのにどこに置いたらいいか分からない。自分の体であって自分の体でないような感覚、こればっかりはなってみた人でないと分からない。あちこちの病院で診てもらいましたが、一向に異常な場所は特定できず、治療法もわからずじまいで良くなる気配もないまま闇の中を数カ月の間さ迷い続けることになるのです。がんの方がまだましだと思いました。その間、夫は毎日手足のマッサージを続けてくれました。

 

 年が明けて2007124日。これまで頭部ばかり検査していましたが、首はどうなのか調べることになりました。そしたら首の骨のスパイン(椎骨)6個がずれていることがわかりました。そのうち1つは細くもろくなっているようでした。

 ドクターから『このスパインに補強材入れたら現在の症状がなくなるかもしれない。手術には半身不随になるリスクが伴います』と言われました。高すぎるリスクです。グリーンベイに腕のいい友人のドクターがいたので相談すると『手術できるかもしれないよ』という返事。ただこの季節、この状態で極寒のグリーンベイに行く自信は無く、躊躇せざるをえませんでした。

 

劇的な回復

 2月に入ってすぐ、これまで飲んでいた日本冬虫夏草とは違う別の菌類に変えてみることにしました。その頃から変化が現れてきました。

img023_SP0001.JPGまずはじめに両手のしびれが取れてきました。そして次に肩こりが取れてきて、次に両足のしびれが治ってきたのです。223日にはウォーターエキササイズを15分やれるまでに回復していました。その後、チャーチで食事の準備を手伝いながら4時間もの間平気で立っていられたのです。大好きな庭の手入れも出来るようになりました。急激な回復でした。

 

 アトランタには毎年ジャパニーズフェスティバルという催しがあります。私は、アトランタで花水木ガーデンクラブに所属してるのですが、そのフェステバルで仲間と盆踊りを披露しました。20083月のことです。あの時のことがウソのように思えました。右はその写真です。

 200912月の血液検査でも20103月の血液検査でも満点の成績でした。薬を服用してもかんばしくなかったコレステロール値もミドルからロウに良くなっていました。自分で言うのもなんですが、若く見られることが多く、高齢者のサービスを受けようとすると『あなたはまだその資格ない』と注意されるのです。身分証明書を見せて私の本当の年齢を知ってもらうと相手の方は信じられないといった様子で目を丸くします(笑い)。

2010年6月12日のお話より

 

 「このところエキササイズは週に5日やっております。日本の文化を広めるために大学やハイスクールで盆踊りを教えております。日本冬虫夏草なども続けております。明日からバケーションで娘が出掛けます。そのため犬を預かることになり、ちょうど今、犬の散歩から帰ってきたところです。元気でやっています」

201083日のお話より

 

  「この度、年に一度のメモグラム検査があり、結果は異常なしでした。お陰様で乳ガンとは無縁で5年が経過しました。日本冬虫夏草は現在も続けています」

2010年9月23日のお話より

 

 「昨年12月、ベットに横になってる時、左の腰の辺りを後ろから誰かに押されてるような違和感があり、CT検査をしたところ、『膵臓が腫れてるようですね。3ヶ月経ってさらに異変があったらバイアプシー検査をしましょう』と言われました。いつも思うことなんですが、このドクターは大げさなんです。いつの間にか横になった際の違和感は消えていったし、食欲も排泄も普段どおり、ウォーターエキササイズも週に4、5日は無理なくこなして快調そのもの。3ヶ月経って膵臓の大きさはそのままでしたが、全く気にしてません。バイアプシー検査なんてもってのほかと思っています。

 

 日本の震災に心を痛めています。仲間で義援金を募り日本に送りました。日本の被災地の映像を見る度、涙があふれます。そんな折、こちらでも天災に見舞われました。427日~428日にかけて、アメリカ南部6州を竜巻と暴風雨が襲ったのです。一晩で150もの竜巻が発生。340人の尊い命が犠牲になりました。被害現場は瓦礫の山と化しており、メディアでは『日本の被災地を見るようだ』と伝えています。オバマ大統領は29日には現地に入り『これほどの惨状は今まで見たことがない。胸が張り裂けそうだ』と語りました。

 

嬉しいニュースもありました。1970年代、ニューヨーク州のシラキュース市に住んでいた頃、根岸英一夫妻と親しくしていました。人間的に素晴らしいご夫婦でした。夜の10時頃、突然電話が入ったのです。奥さんのすみれさんからでした。『黒坂さんお久しぶりです。今アトランタに来ています』江戸っ子で気取らず気さくなところが昔と全く変わっていませんでした。根岸さんが2つの有機化合物をひとつにつなげて新しい化学物質を作り出す合成技術(カップリング技術)で2010年のノーベル化学賞を受賞したらしいのですが、私はそれを長いこと知りませんでした。アメリカでは日本のようにメディアで派手に報じられることが無いものですから。あの根岸さんがね...。この一年は夫婦そろって世界各地を講演して回らなくてはならないそうで、スケジュールがびっしり。自由な時間が取れないとぼやいてました。ノーベル賞なんて滅多に取れるもんじゃないですよね。自分のことのようにすごく嬉しかったです」

 

2011年5月2日のお話より

 

pool.jpg 「9月に年に一度のメモグラム検査があり、結果は異常なしでした。血液検査の結果も満点でした。週に5日のウォーターエクササイズも変わらず続けています。乳がんとは無縁で6年が経過しました。お陰様で何の心配もなく新しい年を迎えられます。日本冬虫夏草は現在も続けています。」

2011年12月22日のお話より

 

  「12月の末にメモグラム検査があり、結果は異常なしでした。それより前の血液検査ではコレステロール値が若干高いものの、80項目ある数値は皆正常値。元気で新年を迎えました。今年の3月3日で87歳になります。」

2015年1月3日のお話より

 

 「庭では50~60本の水仙がつぼみをつけて、いよいよ春めいてきました。庭木に鳥の餌をぶら下げて野鳥観察をしています。穀物の種や牛脂などを4か所に設置しています。毎日窓から鳥をながめながらの朝食は至福のひとときです。ブルージェィやカーデナルがよくやってきます。ときには、リスが餌をうばっていくこともあります。朝食の後はウォーターエキササイズに出かけます」

    2015年2月18日のお話より

 「春の嵐がやってきました。庭の木々からは枯れ枝がちぎれ飛び、地面に山となりました。それを一人で片づけました。2~3時間はかかったと思います。『あの年で良くやるなぁ!』と周囲の人たちは驚いています。乳がん細胞が消えてから再発無く10年、転倒の後遺症から解放されて9年が経ちました。時差があるのでこちらはまだ3月3日の雛祭り。私の誕生日です。88歳になりました」

2016年3月4日のお話より

高橋美里さん(薬剤師 秋田県在住 仮名)の場合

 「年に一度健康診断を受けており、2009年に子宮筋腫が見つかりました。自覚症状はありませんでした。今から思うとおりものが若干気になってたかな。『子宮内膜が厚くなっているね』と言われました。それでも、手術するまでではなく、経過観察扱いになったのです。

 それから2年が経過し、2011年12月。今度は子宮頚から異常な細胞が見つかりました。異形細胞と呼ぶそうで、HPV(ヒトパピローマウィルス)感染が原因で正常細胞が変化したものだそうです。前がん状態で、それが数年から十数年でがん化していくものらしいです。この段階で処置すれば子宮を温存出来ます。たとえがん化してもごく初期の段階でしたら温存は可能だそうです。IMG_1245_SP0001.jpg

しかし、私の場合は子宮筋腫を抱えています。この際、子宮を摘出してしまえば、一挙に解決するということで摘出をすすめられました。

手術に踏み切れば、入院から復帰まで1か月はかかります。仕事は?家庭は?いろいろな人達に迷惑や負担をかけてしまう。自分のことより、そちらの方で頭がいっぱい。すぐに手術に踏み切るという気持ちにはなれませんでした。

 さて、異形細胞がどのレベルにあるのか、検査法によって呼び名が変わってきます。がんになる何ぽ手前なのか、はたしてがんになってはいないのか。アルファベットと難解な日本語で分類されているため、複雑で分かりにくくとまどいました。

検査には①細胞診(検査)②コルポスコープ診(検査))(膣拡大鏡診ともいいます)③組織診(検査)があり、①で注意以上が出ると、②→③と進みます。

①の検査で私は、HSIL(高度扁平上皮内病変)という高いレベルでした。(表①参照)これは(中等度異形性~微小浸潤がんの疑いあり)とされます。③の組織検査に進むと、高度異形性か上皮がんのどちらかであると予想されます。ところが一週間してその検査をすると、CIN1(軽度異形性)とCIN2(中度異形性)レベルの結果がでてきたのです。(表③参照)

少しだけホッとしました。日本冬虫夏草を飲み始めたのは2月からです。

3月になると①細胞診ではLSIL(軽度扁平上皮内病変)で、③組織検査ではCIN1(軽度異形性)のみの結果で明らかにレベルが低くくなっていました。(表③参照)


① 細胞診の分類:ベスダ法(システム)

結果 NILM   ASC-US
(アスカス) 
ASC-H
(アスカス-ハイ) 
LSIL  HSIL   SCC  
日本語の意味   陰性  意義不明な異型扁平上皮細胞   HSILを除外できない異型扁平上皮細胞   軽度扁平上皮内病変  高度扁平上皮内病変  扁平上皮癌 
推定される顕微鏡レベルの異常   腫瘍性の異常はない。炎症のある時がある。  軽い扁平上皮内病変の疑い   高度の扁平上皮病変の疑い   HPV感染軽度異形成  中等度異形成~微少浸潤癌の疑い   扁平上皮癌  
従来のクラス分類  Ⅰ、Ⅱ  Ⅱ~Ⅲa   Ⅲa~Ⅲb   Ⅲa   Ⅲa、Ⅲb、Ⅳ、Ⅴ    

 

③ 組織診の分類

子宮頸がん

取り扱い規約分類
正常 異形成 dysplasia 上皮内がん
(CIS)

経度
(DL)

中等度
(DM)
高度
(DH)
CIN分類 正常
CIN(上皮内腫瘍)

 

 私は、これまでの生活を振り返ることにしました。2009年頃から、娘が中2病となり、神経を使うようになりました。目が離せなくなったのです。受験勉強では常に寄り添いサポートしました。

フルタイムの仕事をしてましたし、夫はさらに忙しい仕事を抱えていましたので家事も一人でこなし、受験勉強もとなると睡眠時間を減らすしかありません。平均睡眠3~4時間ぐらい。4時間眠れば良い方でした。食事にも時間をかけられず、かきこむようにお腹に入れ、常にどこ入っていったか分からない状態でした。

GL139_L.jpgある日、夜中に娘の勉強部屋を出て寝室に向かう時、『こんなことを続けていたらいづれがんになるかも』という予感がよぎったのを覚えています。志望校に合格してからも娘の心は不安定でした。自立を期待する私とこれまでのように関心を持って欲しい娘との間に葛藤が生じました。時間こそが解決してくれると覚悟はするものの、私自身の心が休まることがずっと無かったのです。

ストレスと睡眠不足と栄養不足が原因なのは明白でした。娘のためにも自らの病気を治すことを優先しよう。娘からはいよいよ手を引くことにしました。自分の時間を作り、ニィーチェやパスカルなどの哲学書から仏教の本を読み、NHKの[100分de名著]で紹介されたヴィクトール・フランクルの[夜と霧]に夢中になりました。私は長いことこのような寄り道をしたことがありませんでした。いつの間にか読書に没頭して現実を忘れてる自分に気が付きました。何かに集中して、余計なことを考えない時間は心地よく、充実していました。

健康書も読みました。[10時に寝る法]関連、[病気は自分で治す]関連の複数の書籍はは実践に役立ちました。

ヒトの体は自然と一体になることにより健全に保たれています。普段そう意識して生活してる人はあまりいないでしょうね。私もそうでした。例えばメラトニンは、睡眠を誘導するホルモンであると同時にがんの増殖を抑制する物質ですが、ヒトは朝日を浴びることで、14時間後にメラトニンが脳の松果体から分泌され、眠くなるしくみを持っています。ただし、分泌には日没後の暗闇というもう一つの条件が必要となります。そうやって夜に活発になるというがん細胞への対応も出来ていたのです。光と闇の2つが揃わなければメラトニンは分泌されず、ヒト本来の能力を発揮できない。『太陽の子』というわけなのでしょう。

私は、夜10時にはベッドルームの照明を消して休むことにしました。夜中まで起きていた生活のリズムを一変させるのは気合HJ114_L.jpgだけでは無理でした。この際、リーゼ(精神安定剤)という薬の力を借りることにしました。夜中に目が覚めることなく、朝まで一直線に眠ることが出来ました。眠りの質も良かった。職場では一日中心穏やかでいられました。イライラしてしまう原因に睡眠不足があるのだと気が付いたのは収穫でした。

眠るための薬は、作用する時間の短いもの、いわゆる軽いものほどクセになり、止められなくなります。リーゼはまさにそれで短期勝負です。1錠だと便秘になったので半分にし、その後1/3錠に減らして3か月服用しました。

 ヒントを探しに健康セミナーにも足を運びました。遺伝子レベルでがん予防について学びました。
 ①私達生物は古い細胞を新しい細胞に置き換えながら生き続けますが、新しい細胞を作る時に、細胞の核にある遺伝子のコピーがうまくいかず、どうしてもコピーミスが生じてしまいます。こういう細胞はがんのリスクになりますが、修復能力を持っているので大丈夫。即刻修復されます。ただ、強いストレスがかかると修復しにくくなるといわれています。

 ②P-53のような抑制遺伝子(分ってるだけで30種類)が備わって体内で活躍していますが、これもヘルシーなライフスタイルから遠ざかると働かなくなるそうです。がん遺伝子(120種類以上ある)も持っていますが、むやみに恐れることなく、がん抑制遺伝子や免疫システムにしっかり働いてもらえばいいのです。

 ③がん遺伝子の発現を抑えるにはVC(ビタミンC)の点滴が有効のようです。

 

 ストレス対処とい自然な生活リズム、手作りの自然な食事はなんとか実現出来ていました。(お肉・乳製品・お菓子等はほとんど食べません)私は、早速、VCを取り入れてみようと思いました。野菜や果物だけでは不十分と考え、服用するタイプで顆粒のVC製剤を使いました。実際、体は快調でした。

 さて、2012年4月に思わぬことが起こりました。女性は月経の周期があるために検査の際に隠れて見つからない場合があるそうですが、この時の検査でどうやらこれまで隠れていた小さな子宮のポリープが1個見つかったというものでした。すぐにポリープだけを切除することになりました。手術前、さすがに心細くなりました。どうしょうもなくなって心の内を看護師さんにぶつけました。すると看護師さんは、私の気持ちを温かく受け止めてくれたのです。気持ちが落ち着き、勇気と気力が湧いてきました。この日は日帰り手術でした。白衣の天使とよく言うけれど、自分が患者になって初めてその大きな存在を知りました。

 

異形細胞消失。子宮頸がんの不安から解放。

 それから3か月が過ぎ、2012年7月28日。再び検査です。結果を聞くまで悪くなっていないだろうかといつもドキドキします。こういった思いをしてる人が世の中にどれほどいるのかな。取り越し苦労になるといいのだけれど。

すると結果は呆気ないもので、異常なし。子宮頸に異形細胞は見つからず、正常細胞だけになっていたのです。その日は開放感でいっぱいになり、寄り道をして帰りました。晴れ晴れとした気持ちでショッピングを楽しめたのはずいぶん久しぶりのことでした」

2012年9月1日のお話より

 「その後元気にしています。今日の検査でも無事、異常なし。安堵しています」

2013年4月13日のお話より

 「娘は高校3年生となり、再び受験勉強にいそしんでいます。3年前と比較するとずいぶん落ち着き、大人になりました。私がやってあげれることは『ささえているよ』という雰囲気づくりぐらいかな。今回は自分にブレーキをかけなくてはと肝に銘じています。日本冬虫夏草は量を減らして続けています。子宮筋腫の方も大きくならず、心配はないということで、この度は、先生から『内膜が柔らかくなっていますよ』と言われ、むしろ良い方向に向かっています』

2013年8月17日のお話より

/M_T_001.jpg 「試験まで日数もわずかとなり、娘の気持ちはナーバスになってきています。それを受けとめようとすると、どうしようもなく心が消耗します。そこで私は、無理もないことと割り切って、時間を見つけてはドライブに出掛けることを心掛けています。心をリセットするのです。新鮮な空気を求め、深呼吸。そして、美しくのどかな風景で心を癒します。短時間のひとり旅ですが、これこそが本当の薬なのではないかと思っています」  

 2013年10月13日のお話より

 「経過順調です。定期検査も3か月毎から6か月毎に延びました。油断しないように頑張ります」

2014年1月1日の年賀状のコメントより

 「秋田の桜もやっと咲き始めました。娘の入学式も終わり、やっと自分の時間が持てそうです。睡眠不足も大分続きました。メンテナンスしなくてはと思っています」

2014年4月22日のお手紙より

 「半年に一度の検査がありました。異常なしの結果でした。異型細胞が消失してから無事2年が経過しました」

2014年8月3日のお話より

 「12月に検査がありました。異常なしでした。」

2014年12月26日のお話より

 「この度の検査結果も良好でした。子宮頸がんの原因のHPV(ヒトパピローマウィルス)も全く検出されませんでした。当初、『ウィルス検査をやっても高い数値が出て当たり前だからあえてやりません』と言われていました。よって、半年に一度の検査が一年に延びました」

2015年7月15日のお話より

 「年に一度の検査を無事通過いたしました。昨年の秋は海外旅行の夢が叶いました。ハワイで娘と乗馬体験をしたのです。この秋は、台湾旅行を計画しています。5年前はこんな日が来ることなど考えられませんでした。気を抜かず体を大切にしていくつもりです。日本冬虫夏草も続けています」

2016年8月29日のお話より



 

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※異形細胞を顕微鏡で見たイメージ 

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細胞も比較的大きさが揃っています。
核も大きさが揃っています。全く異常はありません。
次回は1年後の検診で結構です。 

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核がやや大きくなったりします。
炎症があったりホルモンのバランスがくずれたり、ポリープがあったりすると
出てくることがありますが、良性であることは間違いありません。
一応、半年後に再検査を勧められることがあります。 

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基本的にはクラスⅡの仲間ですが、少しクラスⅢaに似ている所がある時があります。
3~6か月後に再検査をうけるように勧められることが多いようです。

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正常細胞ではありません。
やや顔つき(細胞質、核)に異常があります。
細胞に何らかの力が働き(例えばパピローマウイルスなど)活動力がより活発になった可能性があります。このままクラスⅢa→Ⅲb→Ⅳと進みがんに進む可能性は低く、正常に戻る確率の方がずっと高いと考えられております。しかしこれが出た時は定期的(例えば3か月毎)な検診や、念のための精密検査が必要な事もあります。クラスⅡ以下になるまでは通院しましょう。

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クラスⅢaに比べるとやや顔つきが悪くなります。
しかしこの時点では明らかな悪性細胞とはいいきれません。
いわば悪性の予備軍。この状態になると時期の早いか遅いかは別にして約20%の方が将来初期のがんになる可能性があると考えられています。但し注意しなければいけないのは、初期のがんなのにこの分類に入る入ることがある事で、クラスⅢbになったら精密検査は欠かせません。

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初期のがんが疑われる細胞です。
膣拡大鏡診や組織検査をうけて、どの程度のがんか精密検査を受けることが必要です。早期のものであれば子宮を残す手術が可能の時もあります。

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明らかな悪性細胞です。
細胞の大きさや型もいろいろ多彩な形態をとることがあります。病変が子宮にのみ限局しているか周囲に広がっていないか、リンパ腺はどうかなど調べた上で、早期の治療方針を立てることが大切です。

 

 
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小林祥子さんの場合

 ※花粉症は中盤。腎結石のお話は末尾にございます。

 「2008年9月12日に子宮がん検診を受けました。結果は異常なし。気になっていた生理不順も自分の中で『更年期のせいかな』と片付けていました。この時、1年間の予定で休職にも入っています。

 翌年2009年5月。生理が2か月ぶりにやってきたのですが、普段とは違っていました。出血が1か月経っても一向に止まらないのです。これは何かが起きているなと思い病院で調べてもらうことにしました。GK056_L.jpg

検査したのは6月25日。病院では『後日、結果を報告します』ということで、その日はホルモン剤と鉄剤を受け取って帰りました。実は30年前に遡りますが、ホルモン剤を注射して具合が悪くなり倒れた経験があったのです。そこで鉄剤だけの服用にとどめておくことにしました。
  
このことを薬剤師をしている友人にも相談しています。彼女は私の症状を聞き、まだ結果が出てないにしろ、すぐにでもなにか対処したほうがいいと考えてくれたようです。その時、日本冬虫夏草の話が出ました。子宮筋腫にしろ、子宮がんにしろ、自然に治った人が日本冬虫夏草を飲んでたのを知っているというのです。

私も6月30日から日本冬虫夏草を飲み始めました。翌日『元気だな』と感じました。明らかに前日と体調が違います。それから一週間して、過日の結果を聞きに行くと『子宮壁が厚くなっています。子宮体にポリープも見つかりました。これががんに変化していく可能性があるので経過を観察していきましょう。3か月に一度検査に来て下さい』と言われました。

 実家の母に報告すると『悪い方に考えたら悪くなるから良い方に考えたらいいのよ』という言葉が返ってきました。母はとてもポジティブな人間です。子育てで迷っていた時も『いい子いい子と言って育てればいいのよ』といった調子。今になってそれは間違いではなかったと実感しています。この度も、『病気のことをくよくよ考えるのはよそう、忘れて過ごそう』と決めました。

そうしてるうちにいつの間にか出血が止まっていったのです。

 9月に入ると予定通り職場に復帰しました。GK056_L_2.jpg仕事は事務のデスクワーク。9時~5時のフルタイムで働きます。当初『病気を抱えてるし、久々の職場で体が慣れるまでしんどいだろうな』と思っていました。ところが、一日が終わる頃に全く疲れを感じないのです。元気なままなのです。しばらくして仕事量が増えてきてもそれは変わりませんでした。以前働いてた時もこのような感覚はありませんでした。

 10月に入ると息子の通う中学校で新型インフルエンザが流行し、学級閉鎖という事態になりました。息子も感染し、症状が出て寝込みました。ところがたちどころに回復していったのです。息子は日本冬虫夏草を350ccは飲んだと思います。私は、息子を隔離することなく、咳をされてもマスクもせず普段通り接してたのですが、発症することなく済みました。何事もなかったかのようにこの危機が通り過ぎて行ってくれました。

 そんな諸事情があって、10月は検査のタイミングを逃し、4か月の月日が流れていました。でも『早く病院に行かなくては』とあせる気持ちはなくて、『こんなに元気なんだし、生理も正常に戻ったし、自分は大丈夫』という自信のようなものがあったのです。

 

ポリープ消失。手術必要なし。

 当初の『手術と言われたらどうしよう』という心細さは無くなり、同行をお願いした薬剤師の友人にも頼ることなく、11月7日にスケジュールの都合が付き、一人で病院に行きました。検査後、医師から『子宮体にあるポリープが消えて子宮壁の厚さが正常に戻っています。きれいになっていますよ。3か月に一度の検査にはもう来なくていいですよ』と告げられました。予想はしてたものの正直びっくりしました。

 病気の原因は何だったのかなと振り返ると、人間関係のストレスが大きかったのではと思います。くよくよ考えずに忘れること。考えるときは物事を良い方向で考えるよう心のコントロールをすること。それらが功を奏したのではと思います。それと日本冬虫夏草を飲んだことぐらいしか思い当たる節がありません。日本冬虫夏草は量を減らして現在も続けています。

 この頃は肌の調子も良く、顔がつるつるで柔らかくなった気がします。馴染みの化粧品屋さんを訪ねた際、機械で肌診断をしてもらったら『以前より弾力が増しましたね』と言われました。若返ったということでしょうか。女性にとっては何より嬉しいことです」

2010年2月1日のお話より

 

花粉症から解放された。

 「毎年、スギ花粉が飛散する頃になると鼻水やのどのゴロゴロ、涙や目のかゆみに悩まされてきました。花粉症との付き合いは20年間にも及びます。今年も薬をいただき、心の準備をしながら待ち構えておりました。花粉は2月の中旬から飛び始めたと思います。
 ところがこの度は、目のゴロゴロを感じるぐらいで他に何も症状が出ないのです。あんなに苦しんでいたのがウソのようにピタリと治まっているのです。薬も飲まず仕舞いです。身近に花粉症の方が結構おりまして、皆さん症状がひどいようですから、私も確実に花粉を浴びているはずです。
 子宮ポリープと一緒に花粉症も治ってしまいました。何かやったかと尋ねられれば、日本冬虫夏草を続けてることぐらいです」

2010年2月29日のお話より

 

【経緯】

2008年 9月 1年の休職に入る。生理不順有り。
  9月12日 子宮体がん子宮頸がんの検診。異常なし。
2009年 5月 2ヶ月ぶりの生理。出血が止まらない。
  6月25日 出血が1ヶ月経っても止まらず病院で検査。結果は後日とのこと。
  6月30日 日本冬虫夏草を飲み始める。
  7月7日 6月25日の検査結果を聞きに行く。子宮壁が厚くなり、子宮体にポリープ見つかる。これががんに変化する可能性有り。3か月に一度経過を観察することに。
  9月 職場に復帰も疲れ知らずで元気なのが不思議。
  10月 息子が新型インフルエンザに感染、発症するが自身は無事。
  11月7日 4ヶ月以上経っての検査。ポリープは消え、子宮壁の厚さも正常。きれいになっている。
2010年 2月1日 肌が若返る。
  2月29日 20年間悩み続けた花粉症がピタリと治まった。

 

「現在、休職していまして、自宅でのんびりと過ごしております。あれから再発とも無縁で元気にしております」

2012年5月28日のお話より

 

腎結石が再発。前回のような苦痛は無く。

 「2007年に腎結石を経験しました。痛みを表現するとしたら、死ぬほどの痛み。痛み止めを処方されたものの治療は無くて、先生から『水を飲んで治しましょう』と言われ、そうやって治まりました。自然排泄されたのだと思います。『5年後に再発の可能性あるよ』とクギを刺されたのを覚えています。

 HS185_L_SP0000.jpg それからまさに5年後、2012年10月。会社の人間ドックで再び結石が見つかりました。自覚症状は全くありませんでした。ですからほったらかしにしていたのです。痛みが出たのはクリスマスの夜中。病院で調べると尿管にある結石は1㎝以上の大きさで、腎臓内にも複数見つかりました。

衝撃波を当てて破砕する方法を提案されましたが、年末年始は予約でいっぱい。2013年1月4日に何とか予約をすべり込ませました。しばらく休んでいた日本冬虫夏草から別の菌類に変更して飲み始めたのは12月31日からです。破砕治療に備えようと思ったのです。この間、痛み止めの座薬を使ったのは2回だったでしょうか?

 2013年1月4日。45分で2000発の衝撃波を照射して尿管の結石を砕きました。この治療は、輪ゴムで軽くはじかれるような皮膚感覚があるだけです。腎内の結石には当てていません。直後に血尿が出ますが、3回ほどトイレに行った後は正常に戻ってました。5年前は確認できなかったのを反省して、おしっこをビーカーに採って観察することにしました。最初薄っぺらな結晶が現れてから粉状のものが出てくるようになりました。排泄する際、出口でピリッとする痛みがあったのも最初だけです。振り返ると2007年のような耐え難い苦痛は皆無でした。以前より石のサイズが大きかったにもかかわらずです。

破砕治療は1回で終了ではなく、次の予定もありましたが、レントゲンで確認すると全て排泄されたということで1回で済みました。そして腎臓内にあった結石まで消えていたのです。予想外のことでした。

 その頃、主人が会社を早退して帰ってきたことがありました。熱を測ると39度を超えています。すぐさま安静にさせ、自分が飲んでいたものを飲ませました。翌日には病院に行きインフルエンザの診断を受けるのですが、この時すでに平熱に戻って元気になっていたのです。考えられない程の急回復でした。

 私は比較的日中トイレに行かない方ですし、水分もあまり摂らない方だと思います。この頃は再発のないように生活改善に努めております」

2013年4月12日のお話より

 

眞壁秀夫さんの場合

※前立腺、膵臓がんは中盤。肺がん、乳がんのお話は末尾にございます。

 「私はもともと胃が弱く、疲れると痔になりやすい体質でした。2001年4月から出血が始まり、いつもの痔と思って暮らしていました。でも一向に良くならないんです。近くの総合病院で診てもらうとあっさり何ともないと言われてしまって。それから釈然としないまま4ヶ月が経過しました。痛みは全くないのですが、出血はさらにひどくなっていきました。

000044-a.jpg 8月30日。いよいよ県内でも有名な肛門科の個人病院で診てもらうことにしました。そこは18年前に痔の手術をしたところでもありました。内視鏡で調べてもらったらモニターに一瞬やけどのただれのような部分が映ったんです。内視鏡はゆっくり移動して、腸壁をモニターに映し出していきますが、どういうわけか肝心な部分にさしかかると先生はさりげなくサササーッとスピードを上げちゃうんですよね(笑)。これは見逃しちゃいけないと思ってね、私も必死です。問題の部分は赤黒く変色していて周囲が白くなっているのが分かりました。細胞検査もやって、すぐに大学病院を紹介されました。

 6日後。個人病院の検査をもとに、大学病院でようやく直腸がんの診断が下りました。『手術で開いてみて、患部が肛門に近ければ人工肛門になるよ』と言われました。
手術までは1ヵ月以上あるので、自宅でやれることはやってみようと思いました。日本冬虫夏草を飲み始めたのは翌日からです。腸に負担をかけないよう、主食をモチ米質の少ない粘り気のない米に切り替えることにしました。それはキヨニシキという銘柄で無農薬無肥料米。日本冬虫夏草の浣腸もやってみました。そして出血量が徐々に減っていくこととなり、開始から25日目、ピタリと止まったのです。それ以降出血は全くありません。

 私はこの病気を機に、体の変化についてメモをとるようになりました。

 

2001年4月
出血が見られるようになり、総合病院で検査するが問題ないとのこと。
8月30日
再び個人病院での検査後、大学病院を紹介される。
9月5日
大学病院では直腸がんの診断。
9月6日
日本冬虫夏草を飲み始める。日本冬虫夏草の浣腸を思いついて試してみる。膿みたいなものが出てくる。
9月8日
胃の弱いのが気になっていたが、負担が無いようだ。
9月9日
なんとなく調子がよい。足がポッカポッカと温かくなる。まるで湯たんぽをあててるようだ。夜はすぐに熟睡。朝までぐっすり。
9月11日
便器いっぱい真っ赤になってたのが、出血が減って真っ赤な血が便に薄くつく程度になった。
9月17日
便が黄金色になってきた。便には赤茶色の血のスジが入る程度。
9月27日
腸に負担をかけないよう、粘り気のないキヨニシキという 銘柄の無農薬無肥料米を主食にする。
10月1日
キヨニシキを食べてから5日目。便に血のスジもなくなった。
10月3日
入院。相変わらず出血はない。以後出血はなし。主治医は日本冬虫夏草もキヨニシキも自由にやってくださいと言う。


000044-b.jpg 10月15日に手術。人工肛門は避けることができました。以前、身内がこの同じ病院で大腸がんの手術をした際、摘出した部分を見せてもらったことがありました。患部は黒ずんだ紫色で、500g~800gはあったでしょうか。両手でないと収まりきれない量でした。今回はどういうわけか、摘出した部分は家族の誰にも見せてくれませんでした。何センチ切ったのかもわかりません。赤黒くただれていた部分がどう変化したか見たかったですね。

 

前立腺に異常発見!消失!

   手術から5日目。残尿検査を受けていると、CTに影が映ったことがありました。前立腺のところです。腫瘍マーカーは6.5の異常値。あせって日本冬虫夏草の量を増やして毎日700cc~1050cc飲みました。1週間して再びCTを撮ると、今度は影は消失していてマーカーも2.5の正常値。先生は『あれっー。不思議だねー』とずいぶん驚いていました。すぐに『眞壁さん、何飲んだの?』と聞いてくるから、私はドキッとしてとっさに、この泌尿器科の先生には『何も飲んでません』と答えてしまいました。そしてこの2枚の写真のコピーをいただきたいと申し出ると、『病院間でのやり取りで必要があれば出すけど、それ以外はお渡しできない決まりになっています』と断られました。写真を見れば変化が一目瞭然なので、皆さんにお見せできないのが残念です。

 

10月15日 
手術。人工肛門を免れる。
10月20日 
前立腺の腫瘍マーカー6.5の異常値で、CT検査で影が見つかる。日本 冬虫夏草の量を2〜3倍に増やす。
10月27日 
腫瘍マーカーは2.5の正常値に下がり、CTの画像から影が消失。3年 越しの低温やけどの患部がきれいに治る。

  それからもう一つ、不思議なことがありました。私は3年前にカイロで低温やけどを負っていました。足の患部はそれからずっと炎症が治まらないままだったのですが、退院する頃にはきれいに治っていたのです。

 他の治療は一切なく、手術から1年が過ぎ、長いこと悩みの種だった胃の調子も良く快便の毎日です。昨年、告知を受けた時、すぐに社長のイスを息子に譲りました。私は10年前にサラリーマンを辞めて現在の会社を興したんです。睡眠時間は毎日4~5時間。とにかく働きました。肉類が好物でよく食べていましたね。病気を治すためにそれを止めて、野菜をたっぷり摂るようにしました。お酒は4、5年前から飲んでませんし、タバコはもともと吸いません。

 仕事をやめてから体調のコントロールが利くようになりました。外に出たくない雨の日には終日家で休み、睡眠不足の日は日中自由に眠ることができるわけですから。仕事をしていたら休みたいときに休むことは不可能で、必ず無理をします。これでは自分自身を裏切ってることになりますよね。この病気は痛みがなく、働くこともできますから、あなどってしまうことが非常に怖いんです。

 

000044-c.jpg 近頃は、野菜を作ったり、魚を釣りに海に出たり、自分のペースでやっています。来年は米作りに挑戦しようかと思っています。最近、腸に良いレシピを発見しました。シシトウの佃煮です。とても良い便がでますよ」

朝日ウィル(北燈社)2002年11月19日号より


 「間もなく手術から2年になります。この度のCT、MRI、マーカー、肝機能検査ですべてが正常で、『検査の間隔を伸ばしましょう』と言われました」

2004年9月2日のお話より


 「2006年3月の検査でγ-GPT(肝の状態をみる数値:正常値0~50)が200以上あったのが、この度の検査では60まで下がっていました。その他はどこも正常で、主治医から『もう検査に来なくていいよ』と言われました。そう言われてもまた行くつもりです(笑)。

 γ-GTPの数値が気になってから、日本冬虫夏草の種類をCY42番に変えて飲みました。又、今年になってからお酢療法を始めて肩こりがなくなりました。

 1日1錠の血圧の薬(10年前から)と1日2回2錠ずつの尿酸を下げる薬(20年前から)は続けています。血圧はしばらく安定していて服用を忘れることもしばしばです。もし上昇したとしても肩のあたりが重苦しくなるのですぐ分かります。肩にサロンパスを貼ると血圧がスーッと下がるので不思議です。根を詰めることをするとどうしても血圧は上がるようです。

 自分の体とは長い付き合いなので、くせを心得ていてその都度コントロールしているつもりですが、とことんがんばってしまう性格はたまにコントロール不能となり、ここが反省するところなのでしょう」

2006年8月2日のお話より


000044-d.jpg 「ここ1年は疲れるということがありません。ゴルフに行ってもそうです。若いときの体に戻った気がします。今年は同級会がありました。自分で言うのも何ですが、級友たちは顔が皆しわくちゃで、私だけ顔がピチピチしてたので『どうなってるの?』と思いました。

 日本冬虫夏草は量を減らしながらも続けています。手術から5年が過ぎました」

2006年11月24日のお話より

 

膵管に異常発見!消失!

 「2007年4月に心臓の血管にステントを入れる手術をしました。血管が詰まって倒れたのです。心臓の薬が追加され、一日に服用する薬は7種類となりました。しばらくして、γ-GTP(肝機能数値:正常値0~50)が749まで上昇したので検査を続けていくうち、膵管狭窄と肺に影が見つかります。そしてどちらも治療なしで解決していくのですが、その経緯を報告させていただきたいと思います。

 

【経緯】
2007年4月
ステント手術。これまでの血圧と痛風の薬に心臓の薬が追加され、7種類に。
6月

γ-GTPが749まで上昇。

9月10日
 

膵臓の内部、膵管に異常発見!

 

MRIで膵管の狭窄が見つかり、医師から『ここに出るのはまずがんなんだ』と説明を受ける。
細胞を取って調べる予定。姉と弟を共に膵臓がんで亡くしている。二人とも54歳の若さだった。医師はこの点を重要視。日本冬虫夏草をこれまでと比べて多め に飲むことに。毎日350ccを1ヶ月は続ける。日本冬虫夏草のCY16番の割合も増やす。

 
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11月13日

消失!

ERP(ERCP)検査を行う。これはファイバースコープを膵管まで通して調べるもの。先端のブラシで狭窄の部分から細 胞を取ることになっていたが、膵管の狭窄がきれいに治っている。
CT写真でも異常なし。大学病院では、写真のコピーをもらうことができないので証拠になるものとして、診断書を書いてもらう。

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※画像をクリックすると大きい画像がご覧になれます。

 

 

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肺に異常発見!消失!

 

11月31日

肺に異常発見!

PET検査。右の肺に光るものが見つかった。
9月のレントゲン検査では何も写らなかったのに。
肺以外は全身異常なし。
家電屋で吸入器を購入し日本冬虫夏草の吸入も試すことに。

12月11日
旧型のCT機械で撮影。何も写らず。
12月20日
レントゲンに影が出る。
2008年1月30日
レントゲンでやはり影が写し出される。
『こういうのは間違いなくがんなんだ』と言われる。拡大してみると患部がはっきり浮き出る。それでも12月より薄くなっているようだ。3cmのモミジ形の影有り。(これは画面から外れてしまう)
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2月1日
γ-GTPは78まで低下。肝臓の薬ウルソ出される。
血液データ、その他全て異常なし。
3月12日
新型のCT機械が導入される。
やはりプチプチと影が写る。
3cmのモミジ形の影もプチプチと点となって散らばり、消えかかっているようだ。
3月26日

γ-GTPは33の正常値に。

9月16日

消失!

新型のCT機械で撮影。
プチプチが写っていない。
かすかに写っているようにも見えるが、『この程度のものならレントゲンでは全く写らない。異常なしとの診断になりますよ』と言われ。『次回またCT写してください』と申し出ると、『このように良い状態だし、CTといっても放射線を浴びることだからそれで刺激されるし、そっとしておきましょう。PETもレ ントゲンも皆放射線です。検査はこれで打ち切りです』と断られた。

 

 写真のコピーは入手不可能でしたが、意外にも『家族が心配しているので、携帯のカメラに写させてください。これを見せたら安心すると思います』と申し出ると、快くOKが出たので驚きました。割合きれいに写りましたのでメール送りました。これが証拠写真になります。それから日本冬虫夏草を飲んだことは、先生には伏せております。

 昨年来、体中をくまなく検査して全身異常なしのところまで漕ぎ着けました。安堵しているところです」

2008年9月22日のお話より

 

 「一昨年膵管狭窄が治り、昨年は肺の影が消失。それ以来変わらず元気にしています」

2009年3月4日のお話より

 

 「今年は知り合い2人が膵臓がんと乳がんになり、手術前から日本冬虫夏草を試しました。両者とも術後元気に仕事をしているというから驚いています。私は、変わらず元気にしています」

2009年12月12日のお電話より

 

知り合いが末期のすい臓がんに。末期の乳がんの女性も現れ。

 「変わらず元気に過ごしております。約一年前、知り合いが膵臓がんの末期と診断され、家族皆『もう助からない』とあきらめていたところ、『私のようなものがいるからあきらめるな』と励まし、手術前に日本冬虫夏草を飲むことになりました。
 すぐにおしっこがジャーと出てびっくりしたそうです。膵臓がんの検査では尿量が重要視されます。おまけに土色だったおしっこも無色透明になりました。

 そして、ずっと上がり続けていた腫瘍マーカーが1週間程で下がり始めたのです。吐き気も治まってごはんも食べられるようになりました。術前にはGM031_L.jpg痛みも無くなり、鎮痛剤とも縁が切れていました。それでも手術は当初のプラン通り行われました。膵臓と脾臓、十二指腸と胆のう・胆管まで全部取りました。

 それなのに現在はトラクターを運転し、農作業に励んでるというから驚きです。無理はして欲しくないですが、具合が悪かったら動けないだろうし、余程体調が良いのだと思います。病院の治療は現在何もしてないそうです。

 また、昨夏、乳がんの末期と診断された知り合いを訪ねたところ『もう助からないと』家族が泣いていました。同様に励まし、日本冬虫夏草を飲むことになりました。手術前のCT画像に変化が現れ、『何か飲んでるの?』と尋ねられました。そこで『何も飲んでません』と面倒を避けるために用意しておいた答でとぼけたそうです。術中の細胞検査で『がん細胞は陰性』と出て、術後の抗がん剤、放射線治療はスケジュールから外されました。今年2月の検査では『がんは体から無くなったよ。どこにも無いよ』と言われたそうです」

2010年4月2日のお話より

 

 「今年の夏は異常に暑かったですね。でも一切バテることなく畑仕事ができたのですから本当に不思議です。私の場合は日本冬虫夏草を飲むと体温が上がってくるようで、気温との差が縮まって暑さが気にならなくなるというか、肉体労働が全く苦にならなかったのです。そのとき蒔いた種がいよいよ育って、大根と白菜の収穫の時期となりました。味には自信があります。こんな幸せなことはないです」

2010年11月12日のお話より

 「被災された方々にいくらかでも野菜をお届けしようという思いがあって、趣味だった畑は、作物を増やし本格的になってきています。今年は、6月から暑くなりました。梅雨入りは平年より9日遅く、梅雨明けは平年より16日早くて、観測史上最も短い18日間。平年の4割の長さしか無かったようです。(梅雨期間:6/21~7/9)

8月になると30度を超える日照りが2週間ほど続きました。作物のためには、手間を惜しみません。根元に穴を開け、空気を入れてやります。その後、丹念にじょうろで水を流し込んでいきます。すぐに穴は塞がってしまうので、翌日にはまた一から始めなくてはなりません。その繰り返しです。移植ベラで根切りも行います。根を切ると根を張ろうとがんばってくれます。良い根が地面にはびこり作物が良く実るのです。

 昨年もそうでしたが、不思議なことにいくら畑で身体を動かしても疲れを全く感じないのです。畑でやることは毎日新しく出てきて、朝5時から夕方5時まで動きっぱなしの時もあります。海に出掛け、その足で畑の作業という日もあります。健康面での不安は全くありませんでした。 

 そんな中、8月12日の未明に異変が起きたのです。その日は、パジャマの上着を脱いで何も掛けず窓を開けっ放しでうっかり寝入ってしまいました。そして、40度の熱と体中の痛みで飛び起きたのです。左足も、ふくらはぎからつま先まで驚くほど腫れています。

すぐに病院に行って血液検査をすると、CRP値が19と異常値。白血球も1万を超えていました。感染症、リウマチ、通風、心臓疾患などを疑い、数日かけて消化器内科、整形外科、循環器科、皮膚科専門の個人病院と検査を受けて回りましたが、どこも悪いところが無く、原因がつかめないまま時間が経過していきました。薬剤の投与もありましたし、日本冬虫夏草もいつもより多めに飲みました。IMG_0920_SP0000.JPG

足の腫れはそのままでしたが、15日には平熱に戻り、CRP値も白血球数も下がっていきました。24日にはその数値も正常になりました。この頃には『もう病院に来なくていいから』と言われてしまいました。足の腫れもしだいに引いていきました。

 いったい何だったのでしょうね。炎天下で畑をやり過ぎたのですかね。本当は疲れてるのに疲れてる感覚が分からなくなっていたのですかね。結局この件で、CTもMRIも心電図も血液検査もさんざんやったお陰でどこも異常がないというお墨付きをいただきました。もちろんがんの心配も無いということです。自己コントロールが効かず、ついついがんばってしまう性分こそ病気ですかね。これは一生治らないかもしれません」

2011年9月1日のお話より


img020.jpg 「すこぶる元気にしております。検査データーを見て主治医が驚くほどです。『何やってんの?』と聞かれます。この頃は、腕や足に筋肉が付いたのを実感しています。畑作業で出来た筋肉です。ジムで鍛えるのと違い、畑だと野菜というご褒美が出ます。

皆、健康になりたかったら畑をやりなさい。きれいな空気と、筋トレ、ビタミン・ミネラルたっぷりの新鮮野菜。健康になるための要素が揃っています」

2012年6月20日のお話より
 

 「1000~2000坪の畑を一人でやっています。その作業に慣れるまでは大変でした。この頃は45~46才ぐらいの体に戻った気がしています。体重も4kg減って68kgです。健康を実感しております。」

2014年7月3日のお話より

 

 「2011年の夏のようにCRP値が上昇して、3月初めに発熱と下痢で緊急入院しました。コウモリの糞を掃除したのが原因かと考えています。病院の診たては原因不明。今は、元気になり、農耕に精を出しております」

2016年3月29日のお話より

【あとがき】
病気になったとき、本人や家族がかかえる不安と動揺ははかり知れません。できることなら静かな気持ちでより良い治療を選択し、原因をつきとめ、生活改善にも取り組んでほしい。そのためには、同じ病気になった人はどのような医療を受け、どのような経緯を辿るのかをよく知ることが前提となるはずです。そのような思いから、自らの経験が役立つのならと貴重な情報を寄せてくださった方々です。特定の治療を推奨したり、特定の治療を否定するものではございません。
体験談の虚偽記載は一切ございません。

当研究所の技術を真似た偽造品やコピー品にご注意下さい。

ご注意下さい