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| 自然薬食微生物研究所>皆様の声/胃ガン | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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岩手県 大山タキ子さん(当時84歳・仮名)の場合
岩手県平泉町に住む大山タキ子さんは、1993年8月、町の検診で胃にポリープが見つかりました。再検査してみると実は胃ガンであり、84歳という高齢では手術は無理。抗ガン剤もやらないほうが良い、自宅療養にしましょうと言われたそうです。当時のお話を息子さんから伺いました。
朝日ウィル(北燈社)1997年2月4日号より
「母はガンが消失してから11年目、今年で94歳になりました。町の長寿のトップ5に入ります。腰は曲がりましたが、身の回りのことはだいたい自分でやっています。あれから再発もなく食事もしっかりとっています。 5年程前に『実はあの時胃ガンだったんだよ』と本人に告げました。すると母は『あらそう』と言っただけで全く驚くことはありませんでした。今はもうそのことを忘れているのではと思います(笑)。100歳目指してこれからも元気でいて欲しいですね」 2003年10月4日息子さんの訪問より 「変わらず元気にしています。今年で99歳になります」 2008年5月21日息子さんのお電話より
我が国に生息する日本冬虫夏草の種類は300余り。真夏に採集の最盛期がやってきます。2002年8月2日。フトクビタケという種類を求めて朝日連峰に入りました。フトクビタケは「抗ウィルスタンパク」というヒトにはない自然免疫が備わった昆虫を養分にして育ちます。この珍しい種を発見するのは、大きな山で針を拾うに等しく、採集のポイントである谷に下ろうとした時、このところの大雨でがけ崩れが起きて、すっかり道が消えていました。 仕方なく迂回することになり、場所を選んで草木をロープ代わりに、そろりそろりと降りていきました。ようやく谷底という時、最後に握ったブナの小木に目をやると、その枝に目的のフトクビタケがピタリとくっついてるではないですか。このような運命的な出会いは、これまで幾度かありました。原生林の深山の中にあって、そこだけは光の差し込む明るい空間となってヒンヤリと澄んだ風が吹き抜け、3ミリ程のその小さなキノコは、ただひっそりと暮らしていたんでしょう。それを思うと手を合わせずにはいられません。 2002年同日、胃ガンの疑い有りとされた竹下君子さん(仮名・62歳)は、精密検査の報告を待っていました。 「結果が出る前に、いたたまれなくなって矢萩さんに電話をしたんです。そしたら採集に成功した話をしてくれて、途端に心強くなりました。結果 は胃ガンの中でも最もタチの悪いスキルガン。ガン細胞が粘膜下層を越えて胃の外側まで速いスピードで浸潤していく病気です。日本冬虫夏草のことは以前から知っていました。主人がこれまで3年間飲み続けていましたからね。主人は、肉体的にも精神的にもかなり過酷な職業についていて、年齢的なこともありますし、体のことを思って始めたようです。そしてこの3年間は、本当に病気らしい病気は何一つせず元気でやってこれました。でも私は1滴も飲むことはなかったのです。病名を告げられると、もはや恐怖感は消えて、開き直って、手術は1ヵ月後だから、それまで自分のできることをやろうという気持ちになっていました。 この数ヵ月というもの、主人に今までにはないほど大きな仕事が入って、私も気苦労の多い毎日を送っていました。7月の末。食欲はあって食事もおいしいんだけど、なんとなく痩せてきて、夏痩せにしてはおかしいなと思って検査したのです。痛みは全くありませんでした。8月2日から日本冬虫夏草は毎日700cc〜1050CC飲みました。相変わらず痛みは全くなく、食事もおいしいまま、9月2日。手術の日を迎えました。全摘した胃は、家族が確かめた上で詳細に検査しました。噴門に近いところにシコリがあって、胃を輪切りにして細胞検査をしていくと、ガン細胞の自然死とみられるところが見つかったそうです。そして胃の外側への転移は無かったのです。術後、抗ガン剤治療を2クール受けました。それ以外の治療は一切やってません。白血球が減り、戻るまで2週間かかりました。 先生は、抗ガン剤で一旦ガンをたたいても、いずれ再発や転移は避けられないことに苦悩なさっていたようでした。私の飲んでいる日本冬虫夏草には好意的で、どんどん飲んでくださいと言ってました。日本冬虫夏草はいつも抵抗なくスッと体に入っていく感じで、水のように飲めました。娘は私のために病気や治療法についてずいぶんと勉強したようです。専門用語で先生と会話してたぐらいでしたから。病院側に余計な緊張をさせてしまったかもしれません。でも娘の真剣な思いは伝わったようでした。 12月現在、血液は正常、腫瘍マーカーも正常値を維持しています。お米はお粥ではなく普通 に炊いて、時間をかけて食べています。日本冬虫夏草も続けています」 同年12月21日、朝食時に竹下さん宅を訪ねると、彼女は納豆かけご飯をおいしそうに頬張っていました。本当に胃を失った人?「これから東京に出張なの」とニコニコと嬉しそうに話すのを聞いて、大丈夫?と心配したほどです。 自然治癒力の弱まった人が森の力を借りてよみがえる。古代から延々と受け継がれてきた方法です。薬害事件のニュースにいとまがない昨今において原点に立ち返り、森が受け入れてくれる限り、今年もヒントをもらいに出かけていきたいと思います。 朝日ウィル(北燈社)2002年1月21日号より
「手術から再発もなく元気に1年3ヶ月が経過しました。この度の血液検査でも数値はすべて正常値。手術の前から飲み始めた日本冬虫夏草は休むことなく現在も続けています」 お顔の血色もとても良く、お元気な姿を拝見しました。2003年12月4日
ガン細胞が全く消失してしまったという事例が、また今月ありました。 60代後半の胃癌の男性でした。手術の準備も整えましたが、内視鏡検査をしたところ、見事胃癌ステージWはきれいに治っていたのです。精密検査でも全く消失していて、ご本人は顔色も良くなっていました。 ※胃癌の原因 胃癌の原因としてはピロリ菌のほかに、ストレス、睡眠不足、タバコ、飲酒、遺伝的なものなどがありますが、職業病と考えられるものも多く挙げられます。 この男性は長い間会社のトップとして仕事をしてきましたから、胃癌の原因になるような毎日を続けていたのです。手術前の45日間は諸々の整理で忙しく、日本冬虫夏草を熱心に飲むぐらいしかできなかったそうです。ようやくトップから降りて普通 の生活を始め、心理的にリラックスできたのも幸いだったと思われます。この方の場合もまたもやと思いましたが、胃癌の消失や手術後の再発防止などに日本冬虫夏草が大きく関与している事実は、今回の例に限らずこれまでたくさん経験しています。 昨年9月29日、広島市で開催の日本癌学会で発表された「ピロリ菌の除菌で胃癌を大幅に抑制」した研究でも、ピロリ菌は胃癌発生の原因になっていることが証明されていました。特に注目したいのは、胃癌発生はピロリ菌繁殖が原因の一つではありますが、悪化させていくのは常々の生活の不摂生や発癌性のある物の飲食吸引を続けていたり、公害や農薬害など危険なものが大きく関与していました。しかし、自然界はよくしたもので、悪いものを分解するものも多く存在しているのです。 朝日ウィル(北燈社)2000年3月号より
私の友人に、長年持っていた胃のポリープが悪性に変わり、抗ガン剤治療の末、苦しんで亡くなった女性がいます。生きていれば前出の女性と同じ65歳。二人の女性の明暗を分けたのは一体なんだったのか、考えずにはいられません。 亡くなった友人は、忍耐強く、すべてをひとりで背負い込むような性格でした。新しい事業を始め、ローンで家を建てた後、腎臓病の夫の看病に入ります。その頃と悪性に変化した時期とが重なります。そして持ち前の気力と忍耐で抗ガン剤治療の副作用にも耐えました。2月に新潟市で開催された日本胃癌学会で「抗ガン剤が新たなガンを発生させる」(※読売新聞、毎日新聞記事)ことが今さらながら示されました。以前から指摘されていましたが医療の現場にはなかなか反映されてないのが現状です。 この度ポリープが消失した女性の手紙を許可を得たので紹介いたします。 朝日ウィル(北燈社)2000年4月4日号より
2年ほど前にシリーズで紹介した姉崎トクエさん(当時92歳)は、今冬も豪雪の中の3世代の暖かな家庭で守られました。 近頃は2〜3ヵ月に一度の割りで腹水を抜きましたが、痛みなどはなく、94歳と6ヵ月になりました。32回で紹介した内容は、平成8年の春に卵巣に悪性腫瘍が見つかり、自分でも触って分かるほどでしたが、高齢のため手術も化学療法も放射線でも治療できないので、日本冬虫夏草を飲んで休んでいた、というものでした。 やがて腹水が溜まるようになり、9年の夏に1回、10年の夏にも1回抜きました。その後は間が近くなりましたが、それでも5年間に11回抜いただけでした。散歩をしたり、道端の山菜を採ったり、冬場は自分の綿入れ着物を縫っていたそうです。「いつかは死ぬ のだから、どこも痛くないし、枯れ木のように倒れたら良いよ」10人も子どもを産んだ94歳の人生の味の深い言葉です。この女性と一緒に写 真を撮りましたので、百聞は一見にしかずといいますが、元気な様をご覧ください。 朝日ウィル(北燈社)1997年4月4日号より
末の娘は当時32歳。子供を生んでいないとかで、多分独身だったろうと思いますが、胃を全摘したのです。そのときは肝臓もやられており、化学療法剤で苦しみ、飲むことも食べることも困難なうちに逝くなってしまったのです。 長男は背髄にからみつくように癌があるため手術はできず、抗癌剤が使われました。しかし末妹が苦しみの末に死んでしまった結果 を見て、自分は抗癌剤はやらないことにしました。そしてワラにもすがる思いで日本冬虫夏草を飲みました。水筒に詰めて出先まで持参しても飲み続けたのです。 96年に母親から次のようなハガキをいただきました。「実は息子は88年に発癌していて2年前から、つまり発癌2年目から日本冬虫夏草を飲み始めました。昨年夏には腫瘍マーカーAFPが4000もありました。それが96年7月の検査結果 は160になったのです。大学病院の先生も著効だと驚いております。息子は体調もよく生活しております。…」そのあと父親の大腸にポリープが見つかり(96年)、内視鏡で摘出しました。その2ヶ月後の検査では異常なしで、現在も元気です。 99年12月に元気で働いていると電話があったとき、「大学病院から検査に来るようにと度々電話があるが、息子はどうしても行かないというのです。今年の5月にも、元気で働いているし食欲もあるから検査はしたくない」という電話でした。毎晩お酒を少したしなむのはよいのですが、タバコは今すぐやめてください、と言いました。発病から12年が過ぎ、彼は43才になっていました。科学者が口にすべきでない不思議なお話の一つです。
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